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「……これじゃ駄目。違うわ。もっと、もっと似せないと」
あれだけ悩んで決めたメイクなのに、本当にこれで良いのかと。一度不安が顔を出せば、もう駄目だった。
ため息を吐いて見下ろしたテーブルの上には、ぶちまけた膨大な数の可愛いパッケージの化粧品。いつの間にかこんなにも増えてしまっていた化粧品は、朝日に照らされて、きらきらと滑稽な程輝いている。
その輝きの中で目立って仕方がない、黒のシンプルな幾つかの化粧品を無造作に掴んだ。そのまま適当な袋に入れ、入口を固く縛る。
もう使わないだろうし、捨ててしまってもいいのだけれど。
無意識に、クローゼットに視線が行ってしまった。
「……あーあ」
漏れたため息とも悪態とも取れるそれに、誰もいないにも拘わらず周りを見渡してしまう。
当然、誰もいない。
ほっと息をついて、何度も見返したせいで端っこが寄れてしまった雑誌を開いた。
ぴらり、ぴらり。何ページにどんなメイクが載っているのかすら覚えてしまった雑誌を無意味に捲る。それに重なる様に秒針がかちり、と時間を刻んでいる。
まるで急かされているかの様で、自然と眉間にしわが寄った。
それこそ何の意味もない事は分かっているけれど。私の事などお構いなしに動き続ける時計を止まってしまえと睨みつける。
不毛すぎる時間に馬鹿馬鹿しくなって、時計から化粧品へと視線を戻す。
かちり、かちり。一方的な八つ当たりを止めてもなお、変わらず進む秒針に押されるように。一つのアイシャドウを手に取って、開いた。
友人に塗ってもらった淡いピンク色のマニュキアよりも少し濃い、ピンク色のアイシャドウ。それを少量ブラシに含ませて、瞼の上に滑らせる。綺麗に色付いた瞼に鏡に映った私は満足そうに笑っていた。
その勢いで、化粧品を選び取っていく。薄く、丁寧に、愛らしく。決して派手にならない様に、細心の注意を払って。脳裏に焼き付いて離れない、あの子の様な可愛らしいメイクを自分の顔に施す。
どちらかと言えば釣り目気味な目を柔らかなたれ目に見える様に。すっきりした頬を丸みを帯びた女の子らしいものに見える様に。
完成した顔をおかしい所がないか何度も確認して、大きく頷く。
「よし、完璧」
鏡に向けて微笑む。
あざと過ぎず、それでもしっかりと庇護欲を誘う、愛らしい笑み。
何度も何度も。鏡を見ながら練習して調整した、あの子みたいな微笑み。
笑みだけじゃない。仕草も言葉遣いも、好みだって変えた。
それまでの自分を捨ててでも、傍に居たいと願った彼の好みに合わせた。
「…………今日も可愛いわ、私」
今日も私は自分を殺して、あの子に変身するの。
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