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煙草を吸う夢を見た。
勿論私は未成年で、現実世界で煙草を吸うなんて許されない。
でも、夢の中で私はスパスパと煙草を吸っていた。吸い方なんか知らないはずなのに。
まだ夜も開けない頃、波止場で知らない浮浪者風のおっさんたちとたむろしながら煙草を口に咥えていた。青いラベルの張られたワンカップを片手に。
吹いている風が東京の冬の「それ」だった。寒すぎてダウンを何枚も重ね着したが、それでも足りなかった。
肩まで伸ばした髪も冷たくなって、頬に当たって痛かった。
髪を一部紫に染めていたし、背も今より伸びていたから、夢の中で私は大人だったのだろう。
そして私の隣には男が座っていた。でもそれが誰なのかは分からなかった。
少なくとも現実世界の知り合いではないと思う。
20代半ばくらいに見えたが、歳不相応な達観した雰囲気をまとっていた。人生の荒波を数多く乗り越えてきた老人のように落ち着いていた。
その男は私にひたすら微笑みかける。言葉も発さないし、酒にも口をつけないし、煙草に火をつけるそぶりすら見せない。
騒ぐおっさん達と違い、その男は本当に静かだった。けれど男の瞳は決して消えることのない炎のような、揺るがない慈愛に満ちていた。
この男は私を愛しているんだと、何故かはっきり理解することができた。
気まずくなってかじかんだ手で煙草に火をつけると、今度はおっさん達が私を見てくる。5人ほどのおっさんが私の方に身を乗り出して、私が煙草を吸う様子をまじまじと観察しているようだった。
私が煙を口に含んでいる間、おっさん達は微動だにしない。瞬きもせず、身じろぎもしない。
ついに私が煙を吐くと
「嬢ちゃん!良ぃ吸いっぷりだねぇ!」
と一人のおっさんが叫ぶと
そして
「嬢ちゃん!良ぃ吸いっぷりだねぇ!」
と、おっさん達は唱和する。
私はその度に無言を貫く。私が煙草を一本吸い終わるとおっさん達は興味を失ったようにどんちゃん騒ぎを再開する。
今考えてみるとかなり気味の悪い光景だが、夢の中の私はその雰囲気が嫌いではなかった。
名も知らない人間達と駄弁って、馬鹿笑いして、朝が来るのを待つ。
それが楽しくて仕方がなかった。
いつまでもこの夜が続けば良いのにと思っていたのを覚えている。
煙草をひと箱吸い終わる頃には、夜が開けようとしていた。
さよならを言おうと立ち上がって辺りを見渡すが、誰もいない。
その時まであったはずの喧騒も、アルコールの匂いも、寒さも、おっさん達も、例の男も、全て煙草の煙となって消えていたのだった。
ただ一つ残ったのは、皆でふかしていた煙草の箱のみ。
煙草のパッケージには「MEVIUS」とだけ書かれていた。
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