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遺書
結局母さんに声をかけられて、布団から這い出た。もそもそと朝ご飯を食べ、行ってきますといつもの時間に家を出た。自転車をこいで学校へと向かう。
道のりはもう目をつぶっても間違えることはない。毎日飽きずにきちんと学校に行っているおかけで、頭の中で別のことを考えていても体は勝手に学校に向かう仕様になっている。一昨日事件があったとは思えない、いつも通りの道のりだったが、どうやらそれは道中だけらしいということは学校に近づいていくうちに理解した。
校門に丸く群がる黒い集団。遠目からでもそれがカメラだとわかった。ぴしっとしたスーツに身を包んだリポーターたちが、校舎を背景に何かしゃべっている。
通りがかる生徒たちを捕まえ話しかけようとするが、そのたびに先生たちが飛び出して彼らの前に立ちはだかる。
どうしたもんかなと思いながらのんびり自転車をこいでいたが、
「早く! 入りなさい! 」
先生に怒鳴られて、テレビ局の人たちに話しかけられることはなく校門から入ることができた。
教室はすでに半数の生徒が来ていてざわざわとしている。話している内容は聞かなくても分かる。きっと各々休みの間に仕入れた情報を交換しているのだろう。ほら、私を見つけた前田さんがやって来た。
「あずみちゃん、聞いたよ」
「……なにが」
「あずみちゃん、親友だったんでしょ。その……佳代子ちゃんと」
言いにくいような顔をしてわざわざ聞いてくるのなら、その顔をする必要はない。隠しきれていない野次馬の顔を表に出したままの方が気楽だ。
親友ではない、と答えることは簡単だったが、クラスのみんながこっそりこちらに聞き耳を立ていることはわかった。変なことは言うものではないと反射で思ったので
「……そうなんだよね、小学校からずっと一緒だったから」
見た目だけしょんぼりとして答えた。嘘は言っていない。
前田さんは、私がきちんと落ち込んでいるように見えたのだろう
「ごめん、言いにくいこと聞いちゃったよね」
と素直に謝ってきた。
「ううん、大丈夫、気を遣わないでいいよ」
「高橋、ちょっといいか? 」
そんなことを話しているとホームルームの前にやって来た堺先生が呼ぶ。先生の方へ行くと
「親御さんから聞いたと思うけど、これから校長室に来てもらえるか? 」
「分かりました」
「警察の人もいるけど、まあ、あまり緊張しないようにな」
堺先生は優しい。一年生のころから担任で、お兄さんのような見た目だが、実は二児のパパである、というギャップが人気だった。
教室から抜け出し、管理棟へ向かう。職員室や校長室、事務室といった部屋は教室棟の隣の校舎の管理棟にある。
一階まで下りて校長室の前に行くと、校長先生が部屋の前で待っていた。
「高橋あずみさんですか?」
おじいちゃんと同じくらいの年齢の校長先生は今年で定年退職だったはずだ。うちの学校は生徒たちだけではなく、先生たちにも人気の学校で、定年退職までの最後の数年をここの校長として過ごすことは、先生たちの中で憧れになっているという噂だ。有終の美を飾るには、この学校はちょうどいい。
それなのに校長先生は最後の最後で大変な目にあってしまった。生徒が死ぬなんて一番あいたくない事件だろう。校長先生が悪いわけではないのですこし同情してしまう。
「さあ、中に入って。警察の方が待っているよ」
優しい笑顔で中へと促され、部屋の中に入った。
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