遺書

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「よう」  やって来たのは達海だった。どうしてこんなところにいるのか。 「何してるの、授業始まるよ」 「一時間目の全校朝会は体育館であるらしいぜ、それを伝えに来たんだ」 「ああ、ありがとう」 「ここからだと教室に戻るより直接行った方が早いだろ?」 「そうだね。一緒に行く? 」  普段の私なら誘ったりすることなんてしないが、今日は少し心細かった。もう他の生徒たちは集合してしまっているだろう。教室に遅れて入るのとは勝手が違う。どうせなら誰かと一緒の方が入りやすい。そう思って言ったのに 「ああ……そうだな」  達海は歯切れ悪く答えると私の前で止まり、じっと私を見た。首をかしげると、 「お願いがあるんだけど」 と言われてしまった。聞きたくはないが、聞かないわけにはいかない。今まで数えるくらいしか話したことのない彼からのお願いだからだ。 「何? 」 「……俺と、付き合わないか? 」 「……は? 」  聞き間違いかと目をぱちくりする。一方彼は、照れくさそうに視線を外した。その表情を見て、ああこれは聞き間違えではなかったのだと理解した。それでも、はいそうですねと答えるほど、バカではない。 「なんで? 達海は甲斐田さんの彼氏だったんでしょ?」 「そうだよ」 「それで私と付き合おうだなんて、おかしくない?」 「そうか?」 いや、考えたらわかるだろう。いよいよ、頭がおかしくなったのか。 「俺、考えたんだよ」  達海が一歩近づいてくる。思わず一歩後ろに下がった。 「俺たち今、同じ悲しみを味わってるだろ?」  彼女を失った悲しみを。 「……そうね」  違うとは言えないので、同意しておく。 「だから、俺たちわかりあえると思うんだ」 「悲しみは半分こにしようって?」 「まあ、そうだな」  悲しみは半分こ、喜びは二倍に。よく聞く言葉。  馬鹿らしいと鼻で笑う。どうだ? と重ねて尋ねられたので 「ごめん、今そう言うこと考える余裕ないから」 と断った。自分でもいい言い訳を思いついたと思う。実際そんな心の余裕はない。  達海もこれには、そうか、と納得したようで 「でも、考えておいてくれると助かるよ。あ、俺先に行ってるから」 とだけ言って、走って去って行ってしまった。
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