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教室の端っこの席でぼんやりと窓の外を見た。コの字型の校舎からは中庭が見える。芝生がしかれた中庭は生徒たちから人気で、昼休みはふわふわの芝生の上で弁当を食べるのが流行っている。しかし、最近は雨が降って濡れているので座ることができない。ああ、早く夏にならないかなあ。夏になればなったで、暑すぎて嫌になっちゃうんだけどね。そんなことを考えていると、ふっと視界が暗くなった。
太陽が陰ったのかと思った。しかし、朝から太陽は出ておらず、空一面に灰色の雲が広がっている。そして、視界をさえぎった何かは、上から勢いよくドスンと鈍い音を立てて、中庭に落ちた。
大きなカラスか何かかと思ったが、どこからか聞こえた女生徒のつんざくような悲鳴でそれは人だったと分かった。クラスメイトたちはその声で立ち上がり、私の近くの窓を勢いよく開け、下を見る。
「やべ! 人じゃん!」
井上くんの声にたくさんの人が押し寄せ、窓から体を乗り出した。私の席はあっという間に人で埋め尽くされ、窓も、黒板も何も見えなくなった。
「待て、危ない!」
宮内先生は注意する。ここは校舎の最上階の四階だ。こんなに身を乗り出して、もしも落ちたりしたら……。私は思わず目の前にいる井上くんが落ちないように制服の裾を引っ張った。
しかし、それを自分にも見せろという合図だと勘違いしたのだろう、
「おい、高橋も見て見ろよ、すごい血だぜ」
興奮したように目を爛々と輝かせた。
「いやだよ」
顔をしかめて見せるが、興奮しきった彼には通用しない。腕をつかまれ無理やり立たされる。他のクラスメイトに押されて逃げることもできず、仕方なく窓の外を見た。
緑の芝生が赤く染まっている。一瞬だけ見て私はすぐに体をひっこめた。
「誰だと思う?」
なんでそんなにわくわくしているんだと井上くんを睨みつける。
「あんまり見るもんじゃないよ」
「なんでだよ、つまらない奴だなお前」
何とでも言え。
井上くんはそんなことお構いなく再び外を見て
「うえ、気持ちわる」
と舌を突き出した。
「ねえ、あれ佳代子じゃない?」
誰かが言った。この時私は佳代子が甲斐田さんだと繋がらなかった。お互い名前で呼び合う関係ではなかったし、小・中学校は名字で呼ぶことが普通だったからだ。甲斐田さんの名前が佳代子だと私はこの時点では知らない。
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