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松が取れて数日経った頃、日高から家に来るよう連絡があった。電話番号を教えた記憶はないが、組で番号を買った携帯電話だから、日高が把握していてもおかしくはない。
久々に訪れた日高の自宅は静まりかえっていた。
「親父は一門の新年会で出掛けてる」
「日高は行かないの」
「まだ未成年だからね」
正面から眺めるのは気恥ずかしく、瀧本はうつむきがちに日高の姿を盗み見た。しばらく会わないうちに背が伸びて、ぴったりとした学生服の下に剣道で鍛えた肉体があるかと思うと、瀧本は胸の高まりを押されられなかった。
久々に自室に通される。小学生の頃から変わらない学習机には、瀧本がほとんどサボっている高校で配られた教科書とは比べ物にならないほど、長く複雑な文章が踊る英語の本が広げられていた。
「俺にはちんぷんかんぷんだな」
「大したものじゃない」
「留学するならこれくらいできないとダメなのか」
日高は鋭い目で瀧本を睨む。
「誰から聞いた」
決して声を荒げるわけではないが、人をねじ伏せるような威圧感があった。
「いや……噂だよ。みんなが言ってるからつい」
名前を挙げたらそいつがボコボコにされそうだ……日高が暴力を振るうところなど見たことないのに、瀧本は何故かそう思ってしまった。
日高は溜息をついた。
「見てもらいたいものがある」
そう告げると、瀧本の目の前でいきなり制服を脱ぎ出した。思わず止めようとした瀧本だったが、つぎの瞬間息を飲んだ。
背中いちめんに彫られた、水面に浮かぶ幾つもの蓮の花。鮮やかな色彩と繊細な文様が、瀧本の目を捉えて離さない。刺青なんて日蔭者の象徴なのに恐怖心は湧かず、美しいとしか感じられなかった。
「これでわかっただろう……俺は留学なんかしない。堅気になるつもりもない」
日高は振り向いてすこし笑った。どこか寂しいような表情だった。
「親父もじいさまも、蓮の花を彫っている。威勢よく龍や虎にしないのかと思っていたんだが、どうせ地獄に堕ちるんだからせめて生きてるうちだけでも極楽浄土を背負いたいんだそうだ」
「……」
「女々しい考えだと思うだろう?だが、彫ってみてわかった。死の恐怖が無くなるような気が……するんだよ」
この世界に棲むからには、死はいつも傍にある。わかっていたはずなのに、瀧本はまったく意識していなかった。
日高は手を伸ばして瀧本の頬に触れる。
「お前、どうしてここに居るんだ?」
「俺は、ただ……」
「ヤクザに憧れて、なんて頭の悪い答えは期待してないぞ」
まさか、そんなつもりはない。答えはただひとつだった。
「俺はただ、そばに居たいだけだ。日高の……」
「わかった」
拇指が唇に触れた。瀧本も覚悟を決めていた。
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