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瀧本がこの町に引っ越してきたのは11歳のときだった。16歳で彼を産んだ母は夫の暴力から逃げてきたのに、すぐ別の男と一緒に暮らし始め、男と瀧本を養うために風俗で働いていた。男は母の肉体には手を出さない代わりに、瀧本を殴っていた。
こんな町の学校だから同じような境遇の子が居てもおかしくないのだが、瀧本は浮いていた。引っ越す前の学校では陰湿ないじめを受けていたから、クラスの子供たちに媚びて仲間に入れて貰う気にはなれなかった。
教室でもうひとり集団から外れていたのが日高だった。彼は小学5年生にしてすでに完成されているかのような大人びた表情で、成績は群を抜いているうえに運動神経も抜群だった。しかし親が親であるから教師も扱いづらいようで明らかに放置されていたが、彼はひとりでいることに疑問を感じていないようだった。クラスメイトたちを微塵も信用できない癖に、どこかで人恋しさを捨てきれない瀧本にとって、孤高を貫く日高は憧憬の的であった。
まさかとは思ったが、先に声を掛けてきたのは日高だった。何度も蹴られて形の崩れたランドセルを背負って、帰りたくもない道をのろのろと歩いている瀧本に追いつき、腕に触れた。
「君はなんでひとりでいるんだ?」
いきなり問われて瀧本は面喰らい、
「別に……あんなのに混ざっても面白くないと思って」
それは明らかに強がりなのだが、瀧本は思わず口にしていた。本音をどこまで読み取ったのかわからないが、日高は少し笑った。
「俺もだよ」
それからふたりは学校では距離を保ちつつ、放課後はつるむようになった。日高の自宅の周辺は、近づいてはいけないところと学校で注意されていたが、瀧本は誘われて頻繁に出入りするようになった。四畳半と六畳の二間で母とその愛人と暮らしている瀧本にとっては広大過ぎる屋敷で、いかつい男たちが日高に頭を下げるのも不思議だった。
そのうちに少しずつ、日高が背負っている宿命がわかってきた。逃げようと思えば逃げられたのかもしれない。しかし日高は自ら選んだ道だと瀧本に語った。本当にそうなのだろうかと瀧本は疑っいながら、口には出さなかった。
夕方のひとときを一緒に過ごし、瀧本が帰宅しようとすると、日高は決まって家の外まで送ってくれた。しかし名残惜しそうな素振りは微塵もなく、むしろ瀧本の方が離れがたく感じていた。
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