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貴舩(きふね)社長。株式会社アクアの魚沼(うおぬま)さんがお見えになりました 」 「 入ってくれ 」 「 はい。では…どうぞ 」 「 失礼します 」 彼の秘書に案内され、社長室へと入るなり右側に斜めに置かれている大型水槽は、彼が座る位置から丁度良く見えるように配置されてある。 あくまでも、彼が鑑賞する為の水槽だからこそ、その形なんだと改めて思えば、 社長椅子に座ってた彼は立ち上がり、私の元までやって来た。 「 こんにちは…魚沼くん。よく来てくれた 」 「 こんにちは、いえ。此方こそいつもありがとうございます 」 スラッとした高身長で、深い紺色の髪に海のような青色の瞳をし、前髪半分は垂らして、片方は耳に掛けてるような髪型の彼は、 かなり甘いフェイス持ちの爽やか系のイケメンだと思う。 製薬会社の若社長というより、アパレル会社の社長って言われる方が納得しそうなぐらい、美形なんだよね。 ニコッと微笑んで挨拶をすれば、彼は秘書を片手で蹴散らすように仕草をした為に、案内をしてくれた秘書は社長室を出ていく。 「 いや、龍が体調悪そうだったからな。食べる量も減った。それが気になって 」 「 では、早速見て見ますね。貴舩様はお仕事でもなさっていて下さい 」 「 嗚呼、頼む 」 ずっと見られてるのも気になるから、そう言えば彼は水槽を見た後に、社長室へと戻り座る。 その机には積み重なってる書類があるから、いつも大変そうだなって思う。 まぁ、私には関係無いからすぐに大型水槽の前へと行く。 そこには古代魚である、太さと大きさを兼ね備えたアジアアロワナが水槽の底でじっとしていた。 この子は、辣椒紅龍(ラッショウコウリュウ)と呼ばれ、血紅龍よりも赤色が強い品種であり、太めでスプーンヘッドの体格をしている。 真っ赤な体格ほど高価な値段がつき、 5年前のこの子は200万で買っていた個体だ。 因みに、私が趣味で育てていたんだけど… この貴舩社長が会社に来てて、壁に貼っていた写真を見て、こいつがいいと言われたせいで、凄く嫌だったけどレンタルすることにしたんだ。 だから、この子には死んでは欲しくない。 重い鞄を水槽の下へと置き、そっとアクリル水槽へと触れる。 オーバーフローになってる為にポンプ音も比較的に静かで無音。 だから社長室でも置いていても問題はない。 「 龍くん、どうしたの?体調悪いらしいね 」 そっと話し掛ければ、龍と名前の付いてるアロワナはパクパクと口を動かした。 「( 腹がチクチクしてな…、便秘気味なんだ… )」 「 そう…。なにかいつもと違うの食べた? 」 「( なんだろうか…。硬かった…でも、美味かった )」  私は、゙ある理由゙から魚と話す事ができる為に他の人より魚の体調は見抜きやすい。 話し掛ければいいだけだからこそ、軽く頷けば振り返って、仕事をしてる彼の元に行く。 「 貴舩様、ちょっと伺っても宜しいですか? 」 「 ん?なんだろうか 」 「 なにか、ここ3日位で硬い餌を上げましたか?例えば…甲殻類など 」 手を止めさせるのは申し訳ないけど、こっちを見上げた彼に問えば、少し目を見開き自らの顎に触れては、立ち上がる。 「 上げたな…。ザリガニを 」 嗚呼、やっぱりと思った為に彼が歩いた先には、黒い戸棚がありその蓋を開けば、中に小さな水槽がある。 其処にはアメリカンザリガニが入ってた。 それも結構いいサイズ。 「 これだ、ツメカエルやディビア以外にも餌のバリエーションを増やそうと思ってな。不味かったか? 」 「 そうですね。食べ慣れてる個体ならまだしも、龍くんは初めて食べるので余り噛み砕かず飲み込んだのでしょう。お腹が張って便秘気味ですよ 」 デュビアというのは、飛ばないゴキブリのことで、アロワナの餌ではよくあること。 だが、消化にいいカエルやデュビアを食べ慣れた個体が、硬い甲殻類が上手く食べれるわけがない。 「 そこまで分かるのか…。すまないな、良かれと思ってやったんだが… 」 「 構いませんよ。少し水温上げますので、上げきるまでこの場にいますが…よろしいですか? 」 「 嗚呼、いつまでも居て構わない 」 「 ありがとうございます。ついでに、水槽のコケ掃除もしますね 」 「 頼む 」 水温を今の温度より上げていくには、一度に15分は使う。 本来なら30分は使いたいところだけど、私は声が聞こえるから龍くんの様子を聞きながら上げていくことが出来る。 軽くお辞儀をしては、水槽へと戻れば彼は問い掛けてきた。 「 このザリガニは、もう上げないほうがいいだろうか? 」 「 オスの爪だけ外して与えて下されば大丈夫ですよ。大きな爪のハサミです。それはちょっと硬いので 」 「 そうか、気をつけよう 」 気を付けてくれなきゃ困る。 彼にとって龍くんはレンタルだろうけど、私にとっては初めて車以外の高い買い物をした子であり、5年以上は一緒にいる。 3年間はこのオフィスとは言えど、 その前の2年間は私が育てたんだからね。 我が子同然に可愛がってるから、お腹を壊されて死なせるなんて、して欲しくは無い。 カッターシャツを肘まで捲り上げ、鞄を開け、水槽の下に水が弾いてもいいようにビニールシートを敷く。 その上に水を吸収する為にペットシートも敷き、水槽の下にある蓋を開け、水温を確認しヒーターの温度を一度上げる。 今は28度の為に、32度まではあげたいと思う。 「 龍くん、温度上げていくからね 」 「( おう… )」 お腹が痛いだろうね、無理も無いと思っては29度に上げれば、ポケットに入れていたスマホのタイマーを最初は20分でセットし、マナーモードであることを確認してから、スマホをポケットに戻す。 そっと社長室を出ては、廊下を歩き女子トイレへと入り、持ってきていた石鹸で手をしっかり洗う。 人間の手には細菌が沢山付いてるから、それを水槽内に入れないようにする。 爪や指の間、肘辺りまで洗えば腕を鼻に向け石鹸の匂いがしないのを確認してから、同じく持ってきていたコケ掃除用のスポンジも洗ってからよく絞り、タオルで丸めて水が滴らないようにしては社長室に戻る。 折りたたみ式の脚立を広げ、置いてはその上に乗り、水槽の蓋に取り付けてある幾つもの金具を外していく。 アロワナは飛び跳ねる為に、それを防止するために水槽の蓋には金具をつけて開かないようにするんだよね。 「 龍くん、じっとしててねー 」 手を突っ込む位置だけの蓋を開けは、少し付いてる苔を取り除く為に、スポンジで拭き取っていく。 腕が置くまで届かない時は、棒を使えばいいから問題無い。 「 そう言えば、龍くん知ってる? 」 「( んー? )」 「 今は秋で、やっと残暑が終わって涼しくなってきたんだよ 」 「( 紅葉の季節か? )」 「 そう、レイアウトも変えてもいいかもね 」 「( 新しい木か、いいな… )」 調子悪い時は話し掛けて気を逸らしたほうが気分が良いのは知ってる為に、龍くんと話しながら言えば、いつの間にか横に貴舩社長がいた。 「 君は、魚と話せるのか? 」 「 へ…? 」 問われた言葉に驚くも、 それより気配が無かったほうが怖かったんだけど。 お客様に目線を下げるのは嫌だけど、苔掃除を続けては、答えた。
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