14<管理人・浮島弓子Ⅲ>

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 受付の机の中を恐る恐る覗いたが、大量に詰まっていたメモらしきものはどこにもなかった。あの時一枚、弓子が拾ったはずのものも含めて。やはり、悪い夢でも見たのだろう、と結論を出すことにする。というか、そういうことにしないと気持ちが持ちそうになかった。せっかく良い仕事が見つかったのに、訳の分からない理由で逃げ出したくはない。可愛い娘と孫のためにも、自分はきちんとお金を稼いで仕送りや貯金ができるようにならなければいけないのだから。  とりあえず主任と相談して、一時間だけ勤務時間を伸ばしてもらうことにした。今日だけ、七時まで仕事をさせて貰うことになる。こちらとしてはもっと遅くてもいいと言ったが、流石に年輩者にそんな無理はさせられないと突っぱねられてしまった。まあ、残業手当などが面倒になるという都合もあるのだろうし、無理に押し通すことなどできないけれど。 「そういえば」  といっても、起きてからやることと言えば、受付に座っているかファイルの整理などの雑務を手伝っていることくらいしかない。日報は最後の最後につけるものであるし、受付に人が来なければ受付担当の“管理人”の仕事など暇以外の何者でもないのである(だからこそ、マンション管理人という仕事が年輩者に人気なのだろうが)。起きてから三十分ほど過ぎたが、新たに住人や業者の誰かが管理棟を訪れる気配もなく。ゆえに、気持ちが落ち着いてきた弓子が思い出したのは、G棟の滝川栄太という男性から来たクレームの件である。 「あの、滝川さんって男の人……だったかしら、G棟の。あの方のクレームの対応って終わってるの?上の階が煩いって話でしたけど」 「あ、それはあたしが見に行ったので大丈夫です!」  ぐー!と彩加が指で小さく丸を作る。 「G棟の302号室の上、402号室はやっぱり空き部屋だと思うんですよね。ネームプレートかかってましたけど、あれかかったままになってるだけじゃないかな。記録調べて見たけど、402号室に住んでた朝倉さん一家、三年前に引っ越してそれっきりみたいだし。あの部屋、ちゃんと鍵かかってたから浮浪者が勝手に住みついてるってこともなさそうだし」  三年前。ふと、先ほど見た夢を思い出す。あの男性が、何故だか持ち出していた三年前の日報。そしてG棟。あの夢が自分の妄想でないという保証はないが――関連性を見出してしまうのは、必然ではなかろうか。  というか、鍵がかかったその空き部屋から本当に大きな物音が続くと言うのなら。それは本格的に、怪異を疑わなければいけないはずである。
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