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もう少し若かったらスーパーのレジなども検討したものの、近年は腰を痛めているので長く立ち仕事をするのが厳しい。同じ理由で、工場などの軽作業もしんどい。そして内職では、大したお金にならない。さらに言えば弓子はパソコンもスマートフォンもろくに使うことができない人間だった。かろうじて、ガラケーで電話とメールができるくらいである。当然、在宅で出来る仕事などほとんど無いに等しい。
マンションの管理人の仕事に絞ってみたはいいが、実際管理人の仕事が人気というのは本当なのだろう。いくつか応募したものの、倍率が高すぎて落とされるということを繰り返した。やはり老人、しかも女性はあまり採用したがらないものなのかもしれない。夫は忙しい人で、娘にはいつも淋しい想いをさせていた。彼が早々に亡くなってからはずっと弓子一人の子育てである。あまり構ってやることもできず、自分もそうだが彼女にも非常に苦労をかけたという自負がある。せめて彼女の家庭だけでも裕福にしてやりたい、お金が困らない生活をさせてやりたいと思うのは珍しくもない親心ではなかろうか。
「あ、そうだ。浮島さん」
管理棟の自動ドアを潜ろうとした時、島村はふと振り返った。
「仕事始める前に、一応他の職員の人に訊いておいた方がいいかもしれませんね。“処刑人”のこと」
「しょ……?」
何だろう、今とっても物騒な単語が聞こえたような。眉を顰める弓子に、私も詳しくは知らないんですけどねえ、と彼は笑った。半分冗談交じりといった態度だ。
「いやー、なんかこの団地には、悪霊……悪い奴を処刑してくれる処刑人?が憑りついてるって噂があるんですよ。だからこの団地には、悪い事をした奴らが集まってくるんですって。で、次から次へとその悪い事をした奴を裁いてくれる、っていうなんか都市伝説みたいなのがあるというか。一体誰が言いだしたんですかね。なんか若い人が好きそうな話ですけどね。ネットの掲示板にでも書いてあったのかなぁ」
彼自身、その“若い人”のくくりに入らなそうな年齢だからだろう。自分が担当する団地のはずなのに、なんとも暢気な話だ。変な噂が流れたら、本来風評被害として相当気にしなければならない立場のはずだというのに。
「そういうの、営業妨害にならないんです?」
思わず尋ねると、そうでもないんですよ、と彼は返してくる。
「誰彼問わず呪われる、じゃなくて。悪いことをした人が呪われる、ってなるとね。大抵の人は思うみたいなんですよねえ、“じゃあ自分は大丈夫”だって。本当の悪人って、自覚がないもんだと私は思ってるんですけどね」
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