1<管理人・浮島弓子Ⅰ>

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 *** 「ああ、それここに務める時みんな聴く話なんですよお」  昼休憩の時間。コンビニで買ってきたという菓子パンをもぐもぐしながら、先輩職員の遠藤彩加(えんどうさやか)が言った。先輩といっても、彼女の方がずっと若い。多分三十行っているか行っていないかといったところだろう、髪の毛も茶色に染めていてやや派手な印象の女性だった。  ただし人当りは良いようで、休憩スペース(といっても、管理棟のすみっこに設けられている、客からも丸見えの場所だったが)でもさっきから積極的に話しかけてくれている。今日の仕事についても、一番熱心に教えてくれたのが彼女だった。 「徹団地ってヘンな名前でしょ?近隣の地名でもそんなの入ってないし。だから、その処刑人の名前が“徹さん”だったんじゃないのーなんてみんな噂してます。通称Tさん」 「なんか一気に俗っぽくなったわね……」 「まあそうですけど、その方が親しみ持てるかんじがするからあたしは好きかなー。……まあ、処刑人がいるっていうのは噂だけで、実際に誰か会ったことがあるわけじゃないんですよね。いくつか、それっぽい妙な事件が起きてるかなーってだけで」 「?」  おにぎりのフィルムを外す手が止まる。渋い顔になった弓子に気づいてか、彩加は“それっぽいってだけですよ”とパンを持ってない左手をひらひらさせた。 「この団地、駅からそこそこ近いわりに妙に賃貸料がやけに安いから、次から次へと人が来るんですけどね。来るってことはつまり、出ていく人も多いんです。なんか入れ代わり激しいというか。あ、でも団地で人が死ぬんじゃないんですよ?でも出ていく人って、なんかおかしくなってて。なんていうかなあ」  何で食べながらそんな喋り続けられるのか不思議ではない。メロンパンを食べ終わったと思ったら、次にはタマゴサンドの包みを開けている彩加である。痩せているように見えるのに、存外大食いだったりするのだろうか。 「そうそう、人が変わったみたい、というか?大抵、最初に来た時より良い人になってたり、大人しくなってることが多いかな。超クレーマーだったおじいさんが、突然引っ越しするって言いだして挨拶しに来た時、何が起きたのってくらい穏やかになっててびっくりしたし」 「それは……そのまま聴くといい事みたいに聞こえるけど。それが、処刑人と何か関係が?」 「あるかどうかわからないけど、あるんじゃないかなーってみんな思ってるんです。これは風の噂も入ってるんで全部確認できたわけじゃないんですが」  にやり、と女性は笑みを浮かべた。まるで心底面白がっている、というのを隠しもしない様子で。 「そうやってこの団地に来て、人が変わったみたいになって引っ越して行った人たち。みんな、一年以内に別の場所で自殺してるみたいなんですよねえ」 「!?」  さすがにぎょっとした。そんな弓子の反応が面白かったのか、大袈裟すぎですよう!と彩加は笑い声を上げる。 「まあ、そんなんだから。みんな噂してるんです……あの人達は悪人だから、処刑人に狙われた。憑りつかれて、自殺するように洗脳されたんじゃないかーって」
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