12<B棟906号室・鈴村麗美Ⅱ>

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 大きく引き裂かれた口をびらびらさせながら全裸で吊るされ、泣き叫びながら性器にブラシのようなものをねじこまれている女。リョナの趣味などないが、その時ばかりは爽快だった。忌々しい相手が、女としての尊厳を潰され、すりつぶされている。自分を裏切った報いをきちんと受けている、と。 ――そうよ、あんたが悪いんだから!  入院し、多くの傷は治った。しかし、膣と子宮に負ったダメージは深刻で、二度と子供は望めないかもしれないということ、それからどうしても顔の傷や無茶な刺青は完全に消せないだろうと言われた。同時に、心の傷も。桜子はベッドの上で、日がなぼんやりと窓の外を見るばかりの人形のような有様になってしまったのである。 『俺が、俺があの日桜子をちゃんと家まで送ってれば……!』 『健輔君は悪くないよ、悪いのは桜子をあんな目に遭わせた連中だもん。どうか、自分を責めないで……!』 『鈴村さん……』  ああ、自分はひょっとしたら女優に向いていたのかもしれない。その時はそう思った。心の中で歓喜に打ち震えながらも、表では親友を傷つけられて失意の涙を流す女性を見事に演じ切ってみせたのだった。心から自分を責めて落ち込んでいる彼を、傍で友人として支える素振りを見せながら。  さらに天は、麗美の味方をしてくれた。  彼女の怪我がほぼ治って、ここからは精神病院に病棟を移そうかという話になり始めた時――ずっと人形のようだった麗美が突然行動を起こしたのだ。  彼女は病院の窓から飛び降りて、自殺した。まるで、愛する人を正しく麗美に譲ろうとでもしたかのように。 ――なんだ、桜子もわかってたんじゃん。  己を満たす、闇より深い色の悦び。都合よく起きた出来事を解釈するのは簡単だった。 ――そうだよね?健輔はどう見ても……私の方が釣り合ってるもんね。相応しいもんね。  対象が自殺して、未亡人(と、残された側が男性でもそう言うのかは知らないが)になったならば。ハードルは、がくんと下がる。麗美にとっては願ってもない展開だった。 『桜子、桜子……なんで、なんでええええええ!』 『健輔君、泣かないで。私には、健輔君の痛みがわかるから、だから……』 『ああ、あああああっ』  葬式の席で号泣する彼に寄り添い、支え。地獄の淵にいた彼の心の隙間にするりと入り込むのは、そう難しいことではなかったのである。  時間はかかったが、彼を立ち直らせ、自分が恋人のポジションに収まることができた。  それが、約二年前。大学三年生の夏のことであったのである。
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