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13<B棟906号室・鈴村麗美Ⅲ>
やはり、このままではまずいような気がする。暫く玄関で放心していた麗美だったが、意を決して立ち上がった。元より、これから買い物に行くつもりで準備していたのである(ちなみに今日は有給休暇を取っていた)。急ぎの用事というわけでもない、管理棟に寄って行ってもさほど問題はないだろう。
時刻は大体二時を過ぎたところだった。ざっと髪を直してメイクをチェックし直し、小さなバッグ一つもって家を出ることにする。外に出たところで、どんよりと曇った空が目について嫌な気持ちになった。この団地の建物の形状は、似ているようで棟によって随分違う。B棟は建物が旧くてエレベーターが全部の階に停止しない変わりに、廊下は外に面していて比較的明るいのが売りらしい。
が、最近はその解放感もあまり感じられなかったりする。理由は単純明快、ぐずついた天気が続いているからだ。雨が降るでもなく、さりとて晴れるでもない。時々晴れ間が覗くこともある、くらいだ。世の中を巡る問題の多くは天気一つで解決しないが、それでも天気がいいというだけで気分が少しマシになるものである。こういう時くらい空気を読んで晴れてくれればいいのに、なんてことを言っても仕方ないけれど。
残念ながら麗美の部屋は、エレベーターの停止しない階である。だから家賃がさらに安かった、というのもきっとあるのだろう。ゆえに、登る時はともかく、降りる時は階段を使うのが常だった。一応は健康な若者だ、多少目が回るが九階分を降りるくらいはさほど苦でもない。麗美がエレベーターを使うのは登りと、それからよほど具合が悪い時に限定されていた。
――あさくら、かおる。確かそれであってた、よね?
もしあの少女が、この団地で死んだ幽霊の類なら。管理会社の人なら、何かを知っているかもしれない。そして、この団地にまとわりつくように存在する“処刑人”の噂との関係性も。それこそ彼女がこの団地で、例えば虐待やいじめによって死んだ人間だというのなら。その地縛霊がこの団地に住んでいるかも、という事実に信憑性も湧くというものだ。それこそもしかしたら、自分以外にもピンクのワンピースの女の子を目撃している人物がいるかもしれないではないか。
彼女が本当に、不自然な連続自殺に関わっている保障はない。そもそも、引っ越した人間が全員自殺しているわけではないのかもしれない。
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