13<B棟906号室・鈴村麗美Ⅲ>

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 突然、何かに足を引っ張られた、気がした。麗美は派手に転倒し、パンプスが脱げてころころと転がっていく。何が、と仰向けになって確認しようとしたところで、腹の上にどさりと何かが落ちてきた。  何が。  そう思った麗美が見たのは。 ――!?  あのワンピースの少女ではなかった。男の子だ。藍色の半ズボンに、水色のシャツを着た小学生くらいの男の子。その子が、麗美の腹の上に座って、じっと麗美を見下ろしているのである。少年の顔は、どことなくあのワンピースの女の子に似ているような気がした。 「ちょ、何するの!どいて、離して!」  麗美は叫ぶ。おかしい。自分よりずっと体の小さな男の子なのに、体が全く動かない。それこそ、子泣きじじいに縋りつかれてでもいるかのよう。腹の上のずっしりとした重量はじわじわと重くなり、コンクリートの上でもがく麗美の体をぎしぎし言わせながら地面に押しつけてくるのである。  人間ではなかった。  人間であろうはずがなかった。  半狂乱の麗美の耳に届いたのは、じゃきん、という聞きなれた音。じゃきん、じゃきん、とそれは繰り返しすぐ傍から聞こえてくる。 ――ま、さか。  いつの間にか、少年はその真っ白な手に鋏を持っていた。小さなてに不釣り合いなその鋏を、彼は音を立てて開いては閉じて、を繰り返しているのである。 「処刑人は、いるよ」  声がした。少年ではない。もう一人――あの少女が、地面に無様に転がる麗美の顔を覗きこんで、繰り返すのである。 「処刑人はいるよ。いるよ。いる、いる、いる」  次の瞬間、銀色の刃の片方が麗美の口にねじ込まれた。唇と舌が僅かに切れて痛みを感じる。無感動に、麗美の口にハサミを突っ込んだ少年は、その唇を刃で挟み、ゆっくりと持ち手に力をこめていく。 ――うそ、うそ、うそ。こんなの、こんなのあるわけない、こんなの。  裂かれようとしている。  自分がヤクザにやらせたように――桜子の口を裂いたように、自分もまた。 「や、ひゃ、めて……おねがっ」  命請いの言葉は。  じゃきん、という肉を断つ音と――天を引き裂く絶叫によって、あっけなく途絶えたのだった。
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