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14<管理人・浮島弓子Ⅲ>
浮島弓子は、夢を見ていた。
受付の前に男性が座っている。背中がやや曲がっていて、髪の毛に白髪がたくさん混じっているあたり多分弓子と同年代だろう。後姿だけではなんとも言い難いが、六十から八十といったくらいの年か。弓子が座っていた場所に座り、何かメモか何かで記録をつけているようだ。なんとなく思った――ひょっとしたら、彼が徹団地の前任の管理人である、田岡哲という男性ではないかと。
『田岡さんもそういえば、突然この仕事やめちゃったんですよね。なんていうか、結構楽しんで仕事してる印象だったから、ちょっと不思議だなーとは思ってたんだけど』
先輩職員である彩加はそう彼のことを語っていた。
『そうですね、いつもニコニコしてる優しいおじいちゃんってかんじ。あたしも好きだったから残念だったなあ、受付の仕事でも住人の人の相談に頻繁に乗ったり、親切にしてるかんじで。仲良しさんもいたって雰囲気だったんだけど、どうしてやめちゃったんかな。……田岡さんの場合は、やめる少し前から少し様子がおかしくはあったんですよね。なんか、暗い顔で何かを考え込んだり、なんかメモみたいなもの取ったりしてたというか?』
メモ。
ひょっとして、今彼が書いているあれなのかな?と思う。何の記録をつけているのか。弓子は彼に声をかけようとするものの、どうやらこの世界で身動きすることはできないらしい。壁に張り付いたように体が動かないし、何もできない。せめて彼が何の記録を取っているのか、それだけでも見ることができればいいのだけれど。
どうにか首だけ傾けて見ると、机の上には何やら黒いファイルのようなものが置かれているのが見える。どうやら、過去の日報らしい。日付は、今から三年ほど前のものだ。しかも、G棟のみでまとめた記録らしい。何でそんなものを?と弓子は疑問に思う。
その時だ。
「!」
はっとしたように、田岡と思しき男性が顔を上げた。そして何かに怯えたように椅子を引いて立ち上がり、後ずさりをする。どうしたのだろう、と見ている弓子の前で、誰かが受付の前に立つのがわかった。
――あれ?自動ドア、開いたっけ?
ドアが開く音などしなかった。足音もだ。
それなのに、その少女は当たり前のように受付の前に立っている。まるで突然テレポートでもしてきたように。
それは、背中まで伸びた長い黒髪の、とても可愛らしい女の子だった。ピンク色のワンピースを着ている。恐らく、小学校の中学年ほどの年齢、だと思うが確証はない。小学生くらいだと、女の子は成長の差が激しい。それこそ実際より非常に幼く見える子から、服装次第で大人にも見えてしまう子までいると知っている。
『や、やめてくれ』
男は怯えるように後ずさって、言った。
『ゆ、許してくれ。許してくれ、かおるちゃん、たのむ!た、確かにあの件を人のせいに逃げたのは悪かったけど、反省してるんだ。お、お兄ちゃんに、頼んでくれ、お願いだから……!』
少女は何も言わない。ただ黙って一歩、前に踏み出し――。
『あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』
絶叫と共に。
視界は真っ黒に、塗りつぶされたのだった。
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