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「――っ!!」
がばり、と弓子は上半身を起こす。ぜえぜえと、肩で息をしていた。どうやら自分が、小さな部屋で寝かされているようだと気づく。なんとなく、小学校の保健室のようだ、という印象を受けた。自分が子供の頃の小学校というより、娘が怪我をしたと言われて迎えに行った時に見た小学校のそれに近いが。
白いベッド、薬のようなものが並んだステンレスの棚、無機質な白い壁。此処はどこだろう。そう思った時、一つだけあるドアががちゃりと開く。
「あ、浮島さん!気づきました?」
こちらを覗き込んできたのは彩加だった。ほっとした様子で笑みを浮かべる女性。
「良かった、そろそろ救急車呼ぶかどうか本気で悩んでたところなんですよ。心配したんですからね、突然気絶しちゃって!」
「あ、す、すみません……」
そうだ、思い出した。自分は昼休憩が終わった後で、受付に戻ろうとして――机の中に異様に詰まっているメモの山を見て気を失ったのである。あれは、夢だったのだろうか。こうして思えると、何か幻でも見てしまったような気がしてならない。妄想に囚われて仕事中に意識を失うなんて、いくらなんでも酷すぎるとしか言いようがないが。
――!!
はっとして自分の腕時計を見る。時刻はなんと四時半。昼食休憩はやや遅めに取ったが、遅く見積もっても二時を過ぎたか過ぎてないかの時間だったはずだ。いくらなんでも二時間以上眠ってしまっただなんて。しかも、出勤初日に、だ。
「ご、ごめんなさい!私、せっかく雇って頂いたのにこんなこと……!」
慌ててベッドから降りた。まだ頭はくらくらするが、体のどこかが痛むなんてこともない。彩加は“無理しないで!”と優しいことを言ってくれるが、さすがに二時間も眠っていて何もせず、給料が欲しいなどと言うわけにはいかなかった。
「挽回させて下さいな。いくら年取ってるからって甘えてるわけにはいかないもの。六時までっていうことだけど、眠ってた分もう少し遅くまでお仕事するわ、取り返させて」
「そういうわけにもいかないですって!ていうか、そういうのあたしの一存じゃ決められないし!」
「で、でも」
「どうしてもって言うなら、主任と相談してください。ね?」
「……ええ」
言うことは尤もだ。一年先輩なだけで、彼女も新人職員とさほど変わらない立場である。勤務形態についての相談などできるはずがない。
とりあえず救護室から出て、他の職員の人達に頭を下げてまわった。みんな本気で弓子の心配をしてくれていたらしい。だからこそ、心から申し訳ない気持ちになる。なんとも出勤初日から、格好悪いところを見せてしまったものだ。
――そうよ。処刑人、なんて話を聴いたから。ちょっと何か、怖い物を見たような気になってしまっただけだわ。
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