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「そうですね、いつもニコニコしてる優しいおじいちゃんってかんじ。あたしも好きだったから残念だったなあ、受付の仕事でも住人の人の相談に頻繁に乗ったり、親切にしてるかんじで。仲良しさんもいたって雰囲気だったんだけど、どうしてやめちゃったんかな。……田岡さんの場合は、やめる少し前から少し様子がおかしくはあったんですよね。なんか、暗い顔で何かを考え込んだり、なんかメモみたいなもの取ったりしてたというか?」
あーそうそう、と彼女は思い出したように手を軽く叩いた。
「そうだ、田岡さんも結構、処刑人に興味持ってたみたいでしたよ!この場所にいる処刑人ってどんなものなんだ、どんな人間が裁かれるんだ、除霊する方法はないのか……とか。団地の人にもいろいろと話を訊いてたみたいで」
除霊する方法を探していた。ということは、その前任者の田岡さんという男性は、処刑人に狙われる心当たりがあったとでもいうのだろうか?だが。
「その処刑人とやら、悪い人だけを断罪するんじゃないの?」
彩加の話を聞いた限りでは、田岡哲は相当な人格者だったように伺える。住民との関係も悪くなかったようだし、仕事上でのトラブルも見えなかったという。彩加の証言が全てではないだろうが、少なくとも表向きの話としては信じていいだろう。というか、この女性が職場に入ったばかりの新人職員(それも老婆だ)に嘘をつく理由があるとも思えない。
「そうそう。だからあたしも言ったんですよ。処刑人なんてデタラメだし、そんなものがいたところで田岡さんは大丈夫ですよって。あたし、これでも人を見る目には自信があるんです。あのおじいさんは、そんな悪い事のできるような人じゃないですよー」
「でも、全然安心した様子ではなかった?」
「そうなんですよねー、なんでかなぁ。……まあ、処刑人の噂を訊きつけて、時々ヨウチューバーみたいな人とか?霊能者みたいな人が来るって噂だけど、全然成功してないっぽいし?もし本当にそんなのがいるならとっくに除霊されてそうだし。そもそもマジで除霊できないんだったら、それもう人間の力でどうにかなるような存在じゃないですよねえ」
あっけらかんと言っているが、結構まずい話ではないだろうか。段々と弓子も恐ろしくなってくる。この美味しい仕事を逃すつもりはないし、自分は処刑人とやらに裁かれるほど悪いことはしていない、とは信じたいのだが。
いかんせん、何が悪で正義か、なんて人によって基準などバラバラなのだ。弓子が正しいと思ったことに、処刑人が難癖つけて攻撃してくるなんてこともないとは言い切れないわけで。
「あのー」
「!」
ふと受付の方から声がした。見れば、気の小さそうな若い男性がこちらを覗きこんでいる。どうやら団地の住人らしい。昼休憩の時間であろうと、“お客様”が来たなら対応しなければいけないのがルールだ。弓子が慌てて立ち上がろうとすると、“あたしが行くからいいですよ”と彩加が告げた。
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