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「あたし、丁度食べ終わったから対応しますよー。浮島さんはそのままお昼続行してて!」
「え、え?でも、悪いわ」
「いいのいいの。新人を助けるのは先輩の役目、年輩者を助けるのも若者の役目!というわけでいってきまーす!」
軽いノリの女性は、存外親切な性格であるようだった。というか、いつの間にか手元の大量のサンドイッチが全部なくなっている。あの量がどんな圧縮率で彼女の胃袋に収まったのか不思議で仕方ない。あっけにとられているうちに彼女は立ち上がり、さっさと受付の方まで歩いていってしまった。
「すみません遅くなりました、どうしましたかー?」
彩加は笑顔で、眼鏡をかけた若者に応対している。休憩スペースは受付からほど近いところにあるので、会話は丸聞こえだった。男性はややおろおろとしながら、あのう、と口を開く。
「僕、G棟三階の……302号室に住んでる、滝川栄太というのですが」
あまりじろじろ見るのもよくないと思いつつ、ついつい観察してしまう。見たところ、大学生くらいの年齢に思われた。やや引っ込み思案というか、神経質そうにみえる人物である。何かクレームでも来たのかな、とついつい聞き耳を立ててしまう。
「その、あの。最近上の部屋あたりから、妙な物音が聞こえるものでして。大学のレポートとか詰めてるところなので、集中できなくて。なんというか、上から重いものを何度も落として叩きつけてるみたいな、酷い音なんですよね。結構響くし、煩いし、びっくりするし……おまけにそれ、昼でも夜でも関係なく聞こえるし。でも、あんな音を立てる人に直接クレーム入れるのは怖くて。その、管理人さんから言ってくれると嬉しいんですけど」
「えっと、滝川さんは302号室、でしたよね」
「ええ」
「とすると、真上402号室か。わかりました、こちらで様子を見にいきます。上の階の住人の方にはこちらから配慮をお願いしますし、なんでしたら注意の張り紙も出しますよ」
「ありがとうございます」
どうやら、用件らしい用件はそれだけだったらしい。滝川という青年は頭を下げると、背中をまるめてそそくさと管理棟から出て行った。G棟、ということはこの団地でも比較的新しい棟であるはずである。エレベーターが特定階にしか止まらない、なんてこともないはずだし、建物そのものも割と綺麗であったはずだ。基本的に、そこまで音が響く構造にはなっていないような気がするのだけれど。
「んー?」
オフィスの資料室に一度引っ込んで、戻ってきた彩加が首を傾げている。弓子も急いでおにぎりを食べきると、ウェットティッシュで手を拭いて彼女の傍に小走りで駆け寄った。
「ごめんなさいね遠藤さん、対応してもらっちゃって。……何か気になることでもあるの?」
「あーいや」
どうやら彼女が見ているのは、今まで団地の住民からあった陳情リストのようなものらしい。パラパラとページをめくって、おかしいなあと首を傾げている。
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