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「G棟からクレーム入ったこともあるんだけど、騒音のクレームはここ最近全然来たことないんですよね。大きなものが繰り返し落ちるような音でしょ?それも昼夜問わず聞こえるときた。そんな音がしてたら、他の住民からもクレーム来そうなものなのに、それらしいものが全然ないっていうか」
「空き部屋が多いってわけではなくて?」
「G棟はわりと人気だから、部屋はほとんど埋まってるんです。でもって……あ、やっぱり間違いない。滝川さんの真上の402号室、ピンポイントで今空き部屋なんですよ」
思わず、彼女の顔をまじまじと見てしまった。さっき処刑人、という名の得体の知れぬ悪霊の噂を聞いてしまったばかりである。ついつい背筋が冷たくなるのは、致し方ないことではなかろうか。
「まあ、真上から物音が聞こえると思ったら、別の部屋だったなんてこともありますからね。壁で音が反響してたとか、そういうので」
が、不気味さを感じているのは弓子だけのようだ。相変わらず彩加は暢気な様子で、パタン、とファイルを閉じてしまった。
「適当なタイミングで、あたしが見に行きますから気にしないでください。あ、ただクレームが合った事だけ日誌と記録にはつけておいてくださいね」
「わ、わかったわ。そうする……」
「おっけ。じゃ、またなにかあったら!」
先輩職員(たった一年だけど)がそう言うなら、本当に気にしなくていいのだろうか。やや不安を覚えつつも頷くと、彼女は休憩スペースのテーブルを片づけて自分の机に戻ってしまった。自分が気にしすぎ、なだけだろうか。なんとなく腑に落ちないものを感じつつ、自分も仕事に戻ろうと受付の椅子を引いた、その時だった。
ひらり、と机の中から何かが落ちたのである。何か、一枚のメモのようなものだ。彩加が落としたのだろうか。そう思ってしゃがみこみ、メモを拾い上げた弓子は言葉を失った。
それは、ボールペンでぐしゃぐしゃに書きなぐったような誰かの文字で。
『 処 刑 人 は い る
逃 げ ろ 』
何これ、そう思って顔を上げた弓子は、机の中を覗き込み――。
「ひっ!?」
腰を抜かし、尻もちをついていた。
受付の、机の中。ファイルなどを入れるスペースにみっちり詰まっていたのは、今同じく真っ白なメモの山だたからだ。
どれもこれも、同じ言葉が書き連ねられている。処刑人はいる、逃げろ、荒れた文字でそればかりが。
――な、なんなの……なんなのよ!?
「う、浮島さん?浮島さんっ!?」
遠くで誰かが、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。しかしそれが誰なのかを認識することもできないまま、弓子の意識は遠ざかっていったのである。
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