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扉の向こう側には巨大な石柱が何本も建つ広い空間があった。
天窓からは、時折紫色の雷光が明かりのように差し込む。
正面の壇上には赤い巨岩をえぐって作られた玉座があるが、そこに魔王の姿は無い。
わたしたちは周囲を警戒しながら奥へと進んだ。
『誰かいるわ』
エルザさんのささやき声で気配を察知できた。
左側の回廊に目をやる。
そこにいたのは、おどろおどろしい姿をしたモンスターではなく、若い男だった。
緩やかにカールした茶色い髪を後ろで一つに束ね、キャメルのジャケットにネクタイ、丸い眼鏡をかけている。
この人が魔王?
魔王というのは魔族の王で、人間ではない。
魔法を自在に操り、生命力が強く、魔物達を従えて人間の世界を脅かす。
こんな場所にいるのだから人間では無くて魔族なんだろう。
だけど、男からは至って普通の人間の気配しかしない。
レベルの高い存在は自分のパワーを隠すのも上手いらしいからやはり魔王なのだろうか。
注意深く観察していると、わたしと目が合った男が首をかしげて、にこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ。ようこそ魔王城へ。え~っと……3名様ですね?」
ここは世界の果て。
人外と人間の境界線に広がる魔物達が支配する大密林。その最奥に建つ魔王の居城・ヘルシャフト。
なのにこの場にそぐわないあまりに軽々しい声と言葉に、一瞬本気で自分の家の近所にあるファミレスに入ったような既視感を覚えた。
『ハル』
そんな様子に気づいたカール様が、敵の男から目を離さずにわたしの名前を囁いた。
油断大敵、油断大敵。
ぎゅっと手の中にある聖剣の柄を握りしめ構える。
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