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「あんた何言ってんのよ?」
エルザさんの厳しい声に、従者の男ははっと気づいたように手を顔の前で振る。
「いえいえ、別にうちの主が女好きだと言う意味じゃ無いですからね!? 誤解しないで下さいよ!?」
勇者が乗り込んで来たというのに、全く緊張感の無いこの男に対し、わたし達のボルテージも上がっていく。
「魔王を出さないなら、お前を倒した後、我々でこの城をしらみつぶしにするまで」
「まあまあ、そんなに興奮なさらず。うちの魔王様、100年も引きこもってるから説得にちょっとお時間下さいね。それまでこちらでおくつろぎ下さい」
パチン
と指先を鳴らすと、突然立派なダイニングセットが現れた。
しかもテーブルの上には湯気をたてた紅茶のポットと皿から零れそうになるくらいに盛られたフルーツがある。
そして一瞬目を離した隙に、男は煙のように姿を消していた。
「胡散臭い男ね」
はーっと息を吐き出して、すぐに緊張を解いたのはエルザさんだ。何の疑いも無くその怪しさ満載の椅子に腰掛けた。
「罠かもしれませんよ!?」
「大丈夫よ。あたしの心眼は誤魔化せない。これは正真正銘、呪いも毒もない普通に豪華なダイニングとティーセットよ」
エルザさんは大魔導士だ。
攻撃魔法はもちろん治癒魔法や防御系魔法なども使いこなす。
ざっくりと胸元の開いた魔法衣を身につけていて、胸の谷間の少し上には大きくて艶やかな楕円形の黒真珠がある。
それが彼女の言う『心眼』だ。
『心眼』は罠や呪い、気配を感知することができる。それは肌に埋め込まれていて、本物の第三の眼のようだ。
エルザさんが言うのなら間違いないんだろうけど、さすがにテーブルの上の食べ物に手をつける気にはなれない。
ただ5日の間、ろくに寝ることもできず、魔物と戦いつつ歩いてきたのだから、疲労困憊だ。
わたしも確かめるように座面を触ると、エルザさんの隣の椅子に腰掛けた。
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