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隙を突いてカール様が勢いよく短剣を放った。
それが巨大なシャンデリアに当たり派手に割れ散る。
彼らの視線がそこへと向かった時、激しい地鳴りがした。
青い巨大な魔方陣が縦に現れて、数千本の尖った氷の矢が魔王に向かって放たれた。
魔王はふわりと飛び上がり全てを避けてしまった。背後では大きな窓が割れ階下へと落ちていく。
「人の城をむやみに壊すとは」
魔王の表情が曇った。
「その人間2人は邪魔だな。お前に任せる」
「御意」
従者の男の前に黄色く光る魔方陣が現れた。
「嫌な予感……」
エルザさんがそう呟くと同時に、わたし以外の2人の足下にも同じ魔方陣が現れる。
「やっぱり転移呪文だわ!」
顔色を変えたカール様がわたしの顔をみて叫んだ。
「ハル!! 逃げ────」
2人の姿が一瞬で消えてしまい、残された光の粒子が弾けて消えていく。
呆然とするしかなかった。
こんな所で転移させられるなんて予想すらしなかった。だいたい誰かに強制的に転移させられるほど、エルザさんもカール様も弱くは無い。
「どこへやったの!?」
「ちゃあんと人間の町へとお送りしましたからご安心ください」
「邪魔者も消えたな」
魔王の言葉にゾッと鳥肌が立つ。
1人取り残されたけれど、わたしの中に逃げるという選択肢は無い。
出来ることは、ただ一つ。
なけなしの勇気を振り絞ることだ。
必死に剣の柄をにぎりしめ、なんとか自分を奮い立たせる。
聖剣シュプリンガーに稲妻が宿る。
わたしは魔法が使えないけれど、聖剣には魔法が宿る。
全力でただまっすぐに魔王に向かって走る。そしてもう一度剣を振りかざす。
「お前は確かに勇者だな────」
間近で見た魔王の顔は恐ろしく整っていて、浮かべた笑みはこの世の物とは思えないほど美しい。その魔王の姿が一瞬のうちに見えなくなる。
「だがいかんせん俺の足下にも及ばん」
いつの間にか背後に立っていた魔王が耳元で囁く。結局はさっきと同じ体勢。今度は剣ではなくて持った右手を掴まれ、荷物みたいに体を小脇に抱え込まれてしまった。
「ちょっ! 何すんのよ!?」
腕はもちろん動かせないし、足も床にはつかなくてじたばたと空中を蹴りつけることしかできない。
「あきらめろ」
あきらめる────それは死。
わたしってここで死ぬの?
知らない世界の、知らない場所で、家族にも友だちにも会えずに、誰も知ることのない暗くて恐ろしい世界の果てで。
「や……やだ! 止めて! 離して!!」
「娘。暴れるな! なにもとって食おうというわけでは無い。お前に見せたい物があるだけだ」
魔王はわたしを小脇に抱えたまま歩き出す。
「見せたい物……?」
まだ殺されることはない?
魔王に抱えられたままだったけど、とりあえず暴れるのをやめ、わたしは状況を打開できるチャンスを待つことにした。
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