「戦・闘・員」

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 黒いスーツを身に纏い、真っ赤な目のマスクを被った怪人…いや、今は正義のヒーロー…そいつが放つ一撃に上司である再生怪人達(一度やられたが、最後の総力戦に、全員が蘇った)が次々と蹴散らされていく。部下の“戦闘員”である自身が逃げる訳にもいかず、 同期の仲間達と 「ウイィーッ」 と声を合わせて、飛びかかるも、そもそもが数合わせの手勢、あれよ、あれよと言う間に、 全員が地面に倒れ伏していく。 「やっぱり、正しき者には勝てんな」 まだ、辛うじて息があったらしい、ザリガニ怪人が自分達のすぐ側で骸を晒しながら、呟く。 確かにそうだ。この世はバランスだ。どんなに技術や文化、人間の思考レベルが発達したとしても、人々が望まぬモノが世界を治める事など出来ない。 中国の皇帝、ローマ帝国、ヒトラーのナチス、全てが世界を守ろうとする意志の力、人の願いの集合である正しき力(この言い方はあまり好きではない) によって、後一歩と言う所で阻まれた。自分達も同じなのかもしれない。本来なら、組織で随一の能力を持つ怪人が、正義に目覚め、反旗を翻すなど、何か大きな力が働かなければ起こる筈がない。しかも、たった1人の反逆者によって、組織が終焉を迎えようとしている、 この状態も含めてだ。 遠くでは、まだ正義の味方と組織の仲間が戦っているようだ。その音に、近くで転がるザリガニ怪人が発するタイマー音が重なる。まもなく、怪人の仕掛けられた自動爆破装置が作動し、この辺りは灰燼に帰すだろう。戦闘員は、響き渡る不協和の音色を子守歌に、ゆっくりと目を閉じた… これ以降、彼等と同じ目的の組織が何度も後に続いたが、皆破れ… やがて“世・界・全・土・を・掌・握・し・よ・う・す・る・者”は、完全に姿を消した… そして現在… 「オイッ、いつまでブンむくれてる?」 PMC(民間警備会社)改造ジープのハンドルを握った“坂口(さかぐち)”が、 こちらを一瞥し、声をかける。だが、喋る彼自身も、苦虫を噛み潰したような顔だ。 「可笑しいって思ってるのは、坂口さんだって同じでしょ?13年も続けて、突然の撤退… マジあり得ねぇ…俺達は失業ですぜ?」 坂口に答える“溝皮(どぶかわ)”こと“ドブ”は、窓から入ってくる砂煙を掃い、苛立ちを隠そうともせずに内ドアを叩く。 「お前の心配ごとはそこか?ドブ?テメーのおまんまの心配どころじゃねぇ、奴等が野放しになるって事は、これからのこの国の人達はどうなる?オマケに駐留軍は戦闘機から 無人機、小火器に至るまで、全部残してくって話だ。いくら、旧式とか部品無しの 消耗兵器っつっても、使える事には変わりはねぇ。ホントに何考えてる?何のために自衛隊辞めてまで、ここに来たと思ってる…」 「それは、連中との間で密約があったんじゃないすか?撤退時の安全を保障してもらう何たらで…俺としてはどうでもいい話です。本当に…」 黙り込むドブを見た坂口が、別の意味を含ませた嫌味顔を作り、口元を歪ませる。 「あれか?お前、まーた、駄目だったのか?」 「…違うっすよ。別にそんなんじゃねぇっす。何で俺等、撤退ギリギリまで、 周辺パトロール?働かなきゃいけねぇのって思って…」 「違うだろー?駄目だったんだろ?て・ん・しょ・く!」 ホントに嫌味なクソ上司だ。確かにそうだ。自分はこんな、底辺の職場で働いている身ではないのだ…多分…いや、最近はかなり怪しいが… 思わず、顔を背けるドブの反応を楽しむ先輩の嫌味は続く。 「何だっけ?お前の言う所の正義のヒーロー、ヒロインはぁ~?現実に存在していたけど、もう、戦う相手がいなくて、下火で~? 政府や世界のお偉いさん方は、その存在を秘匿と保護しつつ、再び、この世が乱世の時に、 世の人々が受け入れやすいように、活躍当時からアニメとかゲーム、映像なんかの文化に載せて?人々に定着させてきた~と言う妄言を信じるとして… 何だぁっ?武器持った娘っ子の指揮官とか、提督とか、魔法で呼んだ過去の英霊の使い手にはなれなかったのか、お前は?」 「‥‥そうっす。言われましたよ?担当官に…“何故、知っている?貴方のような一般人が?”バリバリ関わってましたよ。末端で、ただ、評価とか認識されなかっただけで、いや、認知されちゃ、不味いって言うか…」 「おいおい、そんな世界まで、アテンション・エコノミー(いいね!で決まる価値観)が 蔓延ってんのかよ?まぁ、確かに経済効果とか凡人が一気にスターダムまでのし上がる 時代だもんな。変な時代だよ。あっ!あれだ!ジャスティン・フィーバーとかに“いいね”してもらえれば…」 「何か、全く関係ない気がしますよ、坂口さん…残ってるのは、おもくっそ、非戦闘系の 競馬関連のウマ…いや、そこまでは…ってオイッ!ブレーキ!!」 「オオオッ!?」 ドブの咆哮に急ブレーキッ!をかける坂口… 間一髪で止まった車輌前には、黒髪を地面にぶちまけた少女が横たわっていた…  「おやっさ…いえ、主任!行かせてください!」 バイクに跨った男が悲痛な声を上げる。彼の現在の居場所は地下ガレージ… 愛機と一緒に飛び出そうとした所で、昇降ボタンの前に立つ主任によって防がれたのだ。 「駄目だ。“東郷(とうごう)”お前があの地へ行く事は許されん」 わかっている。それは百も承知だ。しかし、今回ばかりはあまりにも… 東郷は元、正義のヒーローだ。自身を強制的に改造した組織に逆らい、同じく改造された愛機と己の肉体を駆使し、戦ってきた。 やがて、自分と同じ境遇、全く別の存在と言った様々な者達が世界を守ると言う信念の下、戦っている事を知る。 東郷達は共闘し、世界の平和を守り続けた。その行動が、却って、自分達の動きを制限する事になるとは…あの時誰が想像したろう? 世界征服を目的とした、悪の組織や、異空間からの侵略者が途絶えた現在、世界は相互理解の多様性を認めた世界に変化しつつあった。 立場や理解、視点によって、様々な正義があると言う言葉を著名な漫画家が残したが、それは的を得ていた。信念や良心に従った上でなら、何をしてもいいのか?と言う正義に対する行動論理が問われ始めたのだ。 世界を掌握しようとする巨大な悪はいない。敵は国も家族も失い、戦うしかなかったテロリストや、生活苦から毒ガス兵器を作る貧しい農村地帯と言った貧者の悪達… これらの遠因は先進国が招いたモノがほぼ全てを占めている。ならば、大国を討てばいいのか?人ならざる正しい力を用いて… 出来る訳がない。彼等が世界を動かす指針、いわば正義の大元だからだ。もし、仮に戦うとすれば、東郷達自身が世界を乱す者、即ち悪として認識される事になる。 結果として、と言うより、ごく自然な流れで、東郷達の動きには大きな枷が設けられた。世界が認める“非人間”認定の度合いを上回った相手のみ、自身の力を発揮して良いと言う法律が制定され、通常の人間が起こす問題は軍隊や警察が対処する。 敵無き時代の世界においては、常識となる論理だったが、それに納得できず、抗う、かつての同胞達と幾度も戦い、時には葬ってきた事か…思い出すだけでも虚しい… そして、今回に至っては… 「連中が再び、あの国を掌握すれば、虐殺に拷問、悪政が目に見えている。それを度重なる ゲリラ戦に疲れたからと言って、散々、関わった癖に、途中、道半ばで放り出すとは、一体何を考えているんですか?彼等は…」 「仕方がないんだ。東郷…現在、世界は新たな二極構造の時代を迎えようとしている。撤退する大国にとっては、またとない好敵手、軍事産業も潤う。正義が只の消耗戦、終わりない戦いと言う旨味も何もない、あの地を見捨てるのは当然の流れだ」 「そんな流れがどうこうを聞いているのではありません。勝手に振り回し、好きに蹂躙した後、自分達の都合で捨てていく…そんな身勝手な正義がありますか?そんな世界のために俺達は戦ってきたのか?」 憤る自身に、主任は手元のタブレットを見せる(かつてはバイク屋のオーナーだったが、今では、東郷をサポートする組織の代表だ) 「これは…?」 「海外のヒーロー、アイアン・ボルトの記事だ。撤退に抗議し、関係者と自力で空港まで来た者のみ助ける軍が見捨てた、現地の人達を救いに向かった。しかし、インド洋付近で 駐留軍の地対空ミサイルに撃たれた…生死は不明… お前も8年前に一緒に戦った仲間、覚えてるだろう? 全くふざけた話だ。救いに行った者が味方にやられるとは… だが、これは事実だ。お前も行けば、こうなる。何人かボルトに続こうとする者もいたが、既に拘束されたとの連絡が入っている。あまり目立てば、俺達だって…」 「自分達が出動できる、戦える理由はないんですか?」 「何もない! 開発された探知機であの国全体を調べた。現在、国内にいる非人間は3人、ウチ、1人は 該当しているが、それは撤退の監視役であるキャプテン・ヴァルキリー、味方の反応だ。 後の2つの内、1つは、勢力を拡大しつつある武装組織“ボゴ・タルタ”の“ワハシュ”… 凶悪な奴だが、等級は“準改造人間”つまり、非人間に当てはまらない。銃器や刃物で 倒せると判断される存在…我々は手出し出来ない。残る1人の詳細は不明だが…ワハシュと同じ、ボゴの改造兵士だろう。そして、この国からも自衛隊が行く。だから…」 主任の言葉を遮るように、バイクから下りた東郷は自室に向かう。 かつての敵組織に向けたのと同じくらいの増悪を感じていた。しかし、それをぶつける事は出来ない。してはいけないと言う、強力な自制心でどうにか抑えた… 助けを求めている者達が目の前にいる。それを救うのが、自分達なのに、味方や世界の常識に阻まれ、何も出来ない…これほどのふざけた矛盾があるだろうか? 自衛隊では無理だ。駐留軍ですら、あのザマだというのに、平時の守り手では、戦えない。 必要なのは、自分達だ。自分なのに… 「クソッたれ…」 かつては使う筈も無かった悪態をつく自分に、何故か?安心を覚えた…  「兵隊サン、タスケテ、皆、コロサレル」 坂口の介抱で目を開けた少女が褐色の頬に涙を流し、助けを請う。それを受ける彼の顔は 苦しそうに歪んでいる。 「あの~坂口さん、聞いてます?不味い、不味いですよ。パトロールの目的は、こう言った人、いや、子供達を居留地に戻す事、それこそ、腰からぶら下げてるⅯP5(短機関銃)を使ったりしてね。我々は不介入、もう、この国とは関係ありませーんって姿勢を示さないと…ああっ、ほら~」 ドブの嘆息は、土煙を上げて、こちらに向かってる2台の駐留軍ハンヴィー(高機動車)を見てのモノだ。乗っているのは白人ではなく… 「おいおい、ターバンがいつから、改造軍帽になった?ボゴの兵士共が」 ドブ達のジープに横づけした形で止まるハンヴィーから下りた8人の現地人の手には、 テロリストや反政府の代表と言っていいカラシニコフ銃ではなく、最新式のM4カスタム突撃銃が握られている。多勢に無勢、これは明らかにおとなしく、少女を渡して、退散した方がいい。 「そこの外国人!とっとと国へ帰れ。その子供には再教育が必要だ。わかったか?」 流ちょうだが、超横柄の隊長格に頷き、ドブが坂口達を振り返るのと、9ミリ口径の銃弾が鼻先を掠め、超横柄に命中したのは同時だった。 「ドブ、乗れ!」 「ええっ、ちょっ!?どうしたんすか?(と言いながら、倒れる横柄、横2人の腹を撃ち抜くのを忘れない)」 男達が怒声を上げる中、片手で銃弾をバラ撒く坂口が、少女を膝に乗せた状態で車を急発進させる。 車窓から乗り出し、新たに2人を倒すドブは驚きの声を上げる。 「坂口さん、ストップ!ストップ!どっかで止まらないと、基地には戻れません。その娘を 連れたままじゃ」 「わかってる。だから、直接、空港に行く。この子だけでも…」 「ええっ、坂口さん、ロリコンッ!?マジキツイわ、マジ」 「黙ってろ!こんなふざけた事があるか!こんな…」 泣き叫ぶような彼の声が重低音の起動音とジープを貫く金属音によって沈黙する。そのまま、天地無用(つまり、車がひっくり返った)状態になるのを、ドブは追いつかれた ハンヴィー上部で火を噴く50口径車載機関銃によって、一気に把握した。 開けた窓から流れ込む砂を全身に浴びながら、這い出るドブの足を、強い何かが掴む。 「坂口さん…?」 「…ドブ、頼む。この子を連れて…ってくれ…」 防弾チョッキから赤黒い血を吐き出す坂口が、彼に取り縋り、手当をしようとする少女を無理に押し出す。 「いや、状況みて…」 「聞…け。俺はPKOカンボジアでも、東日本…救えなかった…だから…この子だけ、 頼…」 もう、チアノーゼ満タンの顔色で呻く坂口には、かつての威張り散らし、嫌味な傭兵の姿は無い。そこにあるのは… 「お前も正義の顔かよ…全く泣けるね(精一杯キャラハン警部を模倣して) どうりで俺が受からねぇ訳だ…なぁ、坂口さん」 「…?…」 「どうせなら、全員救おうよ?」 訳がわからないと言った顔のまま、白目を剥く坂口を車内から少女ごと引きずり出すと、胸に溜まった血反吐の海に、片手をそのまま突っ込んだ。 少女が悲鳴を上げるが、お構いなしに左右に動かした後、一気に引き抜く。 「オッケー、弾丸は摘出…大丈夫だ。お嬢さん、少し腹の中弄っておいたから、血は止まる。 この後は、自動で動く追跡ビーコンで仲間が坂口を助けるから、俺達は…」 「オイッ、外国人、よくも仲間をやってくれたな?どうしてくれる?お前も死ぬか?」 怒り狂った2人の兵士が銃を手に近づいてきていた。車の上には機銃銃座についた1人が 備品みたいに黙って動かず油断なしだ。 考えてみれば、既に5人を葬ってる自分を警戒しない筈はない。少しは訓練されている。 「いいぞぉっ!やっぱ、こうでなくっちゃな!悪ってもんはよぉっ、俺も懐かしくなっちまって全く…」 直後にドブの全身を銃弾が貫く。悲鳴を上げる少女と喚声を上げる兵士達、それに加えて、一気に立ち上がるドブの笑い声が響き渡る。 「怪しき者は速攻射殺!いいぞっ!それもグッドだ。同胞!だが、一つ気にくわねぇのは、何で、何で、強い奴と戦わねぇ?弱い者いじめだけじゃ、世界は手に入んねぇぞ?」 喋る全身が黒い姿に変わっていく。偽装を続けて長い時が経った。これを隠しての 生活にも疲れた。やはり、自分はこっち側だったようだ。 兵士達が上ずった声を上げる。 「お前、何を言っている?その姿?正義のヒーローか?だったら、俺達と戦えない。戦えば罰せられる。世界から!」 「関係ねぇなっ、全くしょうもない子悪党共が。そんなモン恐れて、何が悪だ。悪が何してる?よーし、わかった。いっちょ先輩がご指導してやる。悪ってのはなぁあっ」 叫ぶ男達がお守りのように携えた銃から撃ちだす弾が全身を叩く。心地良い振動だ。昔を思い出す。完全に姿を戻したドブこと“戦闘員”は銃弾よりも早い速さで敵に向かって駆け出した…  「何か聞こえたな?」 敵も、味方の男も自分に向けるのは、下衆な視線…正直、もう慣れた。肌の露出が多すぎるのは戦いやすさと動きやすさを優先した結果だ。 戦乙女“キャプテン・ヴァルキリー”は避難民でごった返す空港から遠くを見つめる。 「キャプテン、恐らく混乱時のゴタツキかと…しかし、我々は」 「わかっている。不介入だろ」 「ええっ、そうです」 若い同伴兵(実際は見張り)が緊張した様子で敬礼する。 「しかし、あの感覚は…」 呟いた言葉を途中で引っ込めた。相棒である大剣が収まった鞘を静かに撫でる。 どうやら、自分の出番が近づいているようだ…  兵士が話していた教育施設は、さながら収容所だった。先程の坂口に負けないくらいの 乾いた表情の男女が銃や鞭を持った兵士達に監視され、砂漠に立つ錆びついた工場跡のような施設へ連行されている。 「ここで待ってな。ところでお嬢さん、スマホは持ってないよな?いや、いい!いい!そんな柄じゃねぇ。ゴメン、お嬢さん、一瞬だけ、何か“いいね”を期待してるクソな自分が いた」 「……?」 ちょこんと小首を傾げる少女に罪悪感がMAX!いや、自分は悪だからいいのか? ああ、もうわかんねぇ、恥ずかしさを隠すように咆哮したまま、一気に行列へ躍り出る。 突然現れた全身黒タイツの戦闘員に驚いたボゴ・タルタの兵士達が銃を構える。だが、 その前に自身の手刀が全員の手を銃ごと地面に叩き落とす。 絶叫の中、片手喪失でのたうち回る兵士達と驚く群衆に「全員、伏せろ」 と怒鳴る刹那、施設屋根からRPG(対戦車ロケット弾)が白煙を上げて、発射される。 「オイッ、マジか?数はえーっと5つ!多分イケる!」 叫び、飛び上がると、迫るロケット弾を両手、両足、口で受け止める。4発は屋根に撃ち返し、残りは口で噛み潰す。信管を作動させずに、潰せた自分を褒めてあげたい。 爆発が上がる施設からお次に飛びあがったのはブラックホークヘリ!車載から発射される ミニガンが全身に集中するが、ヒーロー達のチョップや蹴り程ではない。多分… 「この程度じゃぁなっ!」 逃げ惑う人々を押しのけ、近くにあったトラックを両手で、抱えると、ヘリに投げつける。 金属の衝突と爆音を響かせ、墜落するヘリを唖然とした感じで見つめる人々… 普通ならヒーローやヒロインにボコられるだけの下級戦闘員を正直舐めすぎていると思う。 彼等が強すぎるのだ。自分達だって、とうの昔に人外だ。これくらい朝飯前… 体の銃弾凹みを治す自分の耳にヘリの爆音が聞こえてくる。振り仰げば、アパッチ戦闘ヘリが4機、ボゴ・タルタのマークを付けて、向かってきている。 「4機、少し少なすぎないか?」 我ながらヒーローのような台詞を吐く自分に少し驚いた後、投げれるモノが無いか?戦闘員は辺りを見回し始めた…  「えっ?暴れ回ってる!?ウチの東郷が壊滅させた組織の元戦闘員?生き残りがいたって事ですか?こちらで確認してなかった?いえね。それはお役人さんが決めた非人間基準には、合致しないだけでね。 貴方も子供時代には読まなかった?テ〇ビマガジンとかで、悪の組織、怪人紹介の戦闘員の項目“とてもつない怪力で岩をも砕く”あれは事実ですよ?それをおたく等がヒーローと 比べた結果、脅威と見なさなかっただけで… わかりました。とにかく、確認を…」 “東郷”と叫ぼうとした主任の声は、地下のガレージが昇降していく音に掻き消された…  「アパッチを落とすとはやるな?俺達が把握してるヒーローには、見かけない顔だ。新顔か?」 両眼を赤く光らせたボゴ・タルタのワハシュは、この2日で味方と車輌群を蹴散らし続けた全身黒タイツの怪人に近づきながら、飛びかかるタイミングを計っていく。全身を改造された自分にも出来ない芸当ではない。力はほぼ互角と言った所か…? 「ようやく強いのが出てきたか?生憎、いつもはやられてばっかの脇の脇の戦闘員でな。おかげで、ヒーロー共に狙われずにすんだ?お前も、連中に狩られる条件を満たしていないんだろう?」 「その通りだ。連中が設けてる基準ギリギリの所で留まっている。だから、好き放題だ。 それに奴等はもうすぐいなくなる。そうなれば、ここは俺達の天下、よければ、貴様も」 「小せえな…」 「何?」 ウンザリと言うように肩を竦める戦闘員。ワハシュの不快を交えた声を気にする様子もない。 「自分より弱い奴をいたぶる。上の強い奴等にはへいこらしてな。それが、お前等の悪か? 何か、アレだ。最近、地元で見かけるムシャクシャした不満抱えて、自暴自棄、電車とか、道端で弱そうな女とか老人、子供狙うクソの垂れ公共と何ら変わらない。何が天下だ。 小山の猿、井の中の蛙、意味がわからねぇか?要はあれだ。クソ垂れ流しのズべ野郎だよ」 ワハシュが、気が付けば、戦闘員の広げた両手には手榴弾が握られている。それを放ったのが戦いの合図となった。 爆発と同時に2体の怪人が拳を突き合わせる。飛び上がった戦闘員が鋭い蹴りを見舞えば、 ワハシュが、それを受け止め、常人ならとうに砕ける握力で締め上げていく。 残った足を繰り出し、そのおかげで出来た一瞬の隙を利用し、後方に飛び退る戦闘員、 ワハシュは追撃しようと足を向けるも、地面に点々とする血を見て、動きを止めた。 (いくら、常人離れしているとは言え、一個師団近くの武装兵を相手にしたんだ。タダではすんでいない。今なら倒せるが、念には念を入れておくか) 自身の体に備え付けられたリミッター解除の合図を直接、脳に送る。辛うじて人間を留めた姿が異形の怪物に変わる。 相手が反応する隙を与えず、目の前に立つ。驚いたように黒い覆面を歪ませる戦闘員の首を締め上げ、高々と掲げる。苦し紛れの手と足が繰り出されるが、怪人クラスになった ワハシュには通じない。 「どうした?俺が小さい?クソ垂れだと?なら、この手をどかしてみろ?お前には無理だろう。ヒーロー達のやられ役、戦闘員の脇役じゃぁな。どうした?何か言ってみろ」 勝ち誇った自身の声途中で相手の覆面に浮かぶ表情が苦しみではなく、嘲りが浮かんでいる事に気づく。ワハシュは全てを理解した。何故、わからなかった?アレほど、自身を抑えていた筈なのに、今、この地には自分達、いや、自分を倒す者がいる。 そう、ワハシュが感じた刹那、大剣を振り上げたキャプテン・ヴァルキリーの姿が視界一杯に広がり、一刀両断と同時に、彼の生涯を終わらせた…  ゆっくりと歩く自身の耳に懐かしいバイク音が響いてくる。非人間であるが、元組織の 戦闘員、それを追ってくるのは… 振り返る戦闘員の前に、バイクから降りた影が“変身”の構えをとる。 「よーう、少し老けたな、ヒーロー」 皮肉を込める彼の全身を、眩い発光音が包んだ…  「もう大丈夫…お嬢さん、PMCの日本人の証言で、奴等の作った教育施設とやらに 国連の調査が入る。我々の監視付きでね。彼等は改造人間製造施設を作ろうとしていた疑惑がある。駐留軍が撤退する事を理由にね。全てがよくなるとは言わない。だが、以前のような酷い状態に戻らない事だけは約束できる」 説明しながら伸ばす東郷の手を拒み、俯く少女、その気持ちもわかる。彼女は怒っている。世界の誰もが見捨てた自分達を助けてくれた者を彼が倒してしまったからだ。 「わかってくれ。アレはかつて、世界を支配しようとした組織の残党…今まで何もしなかったとは言え、信用は出来ない。君も見た筈だ。彼の力を…その気になれば、簡単に…」 「でも、助けてくれた。貴方や兵隊さん、女神のおねーさんが何もしてくれなかった、 あの時、黒いおじさんは助けてくれた。それなのに…ヒドイよ。おじさんは正義の味方 じゃないの?何で殺したの?」 泣きじゃくる少女の声に、東郷は黙る。現在の制約多き世界で、人々を救うために、正体を晒してまで、戦った戦闘員…結果として、彼が動いたおかげで自分達は介入する事が出来た。 まさか、そこまで読んで戦ったのか?あの男は?自分の命を賭してまで… 「すまない、だけど、俺は正義の味方なんだ。悪を倒さなければいけない」 少女に答える。いま、ここで奴を認める訳にはいかない。それは即ち、この世界の概念、 バランスを壊す事に直結する。 加えて、奴はどうあがいても、悪の組織の戦闘員…正義に目覚める筈がない。 かつての自身を失念している東郷は、最後に少女を、とゆうより、自身を納得させるように 言葉を続ける。 「お嬢さん、聞いてくれ。私が戦っていた彼等、戦闘員はね。通常の怪人のように、自爆装置が備わってない。開発コストの関係でね。だから、戦闘能力も特化してないし、すぐ俺達にやられてしまうから、あくまで時間稼ぎや、囮、盾、または実験に使われる使用意図で投入される。 そうやって使われてきた個体の中には再生能力を得るモノがいる。これは傷の浅い者が重症の者から体をもらい、つぎはぎのように命を永らえさせた結果だ。あの戦闘員も恐らくそれで、現在まで生き残った…だから」 “もしかしたら、今頃、蘇っている”とまでは言わなかった。言わなくても、少女の顔には笑顔が戻っていたからだ… 彼女の視線の先には、自衛隊の輸送機群が飛んでいく。嫌な予感が東郷の頭を占めていく。 その日、3機も大仰に派遣されたCー130輸送機が回収したのは、1名の日本人のみだった…  両手を独特のマークで組み“反抗”を示した若者達の群れは、銃と装甲車で固められた 街道に向かって、進む。海外のジャーナリスト達は全て締め出された。 ここからは実弾と戦車砲を用いた殺戮が始まる。軍隊がクーデターを起こした自国では、 暴動鎮圧の名の下に、凄惨な虐殺が黙認されていた。世界とヒーロー達は多分、この国を 見放したと思う。 だけど、諦めない。国を、家族を守るため、この身が砕けようともだ。 固い意思で突き進む自分達が石を投げる前に、前方の装甲車数台が火を上げる。驚く彼等の目には、その中からゆっくりと歩み出る全身黒タイツの怪人を捉える。ソイツが放った言葉を彼等が生涯忘れる事はないだろう。非常にめんどくさそうな感じで、怪人は伸びをした後、銃を向ける軍隊に向かってこう言った。 「ま~たー、弱い者イジメか?悪が何してる?」‥‥(終)
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