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っていうか、今はそんな思い出に浸ってる場合じゃない。
なんでここに橘がいるの!?
いや、理由はどうでもいい。
とにかくさっさとここを出よう。
橘と何かあったなんて、気まずいだけだ。
彼が寝てる間にここを出て、お互いなかったことにしてしまおう。
そう考えた私が、そっとベッドから抜け出そうとした時、不意に橘の右腕が私の腰に巻きついた。
「どこ行くんだよ」
寝起きで少し掠れた橘の低い声が、私の耳をくすぐる。
「え、あの……」
こんな時、なんて答えればいいのか分からない。
「行くなよ。今日は休みだろ?」
そう言われて思い出した。
昨日の金曜日、同期数人で引っ越したばかりの橘の家に押しかけて宅飲みしたんだった。
専務の給料はやはり私たちとは違うようで、初めて訪れた私たちは、広くて綺麗なLDKに目を奪われた。
私たちは、すごい!すごい!と連呼しながら、みんなで買い出して持ち込んだ様々なお酒を飲みながら、わいわいと楽しい時間を過ごした。
そこまでは覚えてる。
それが、なんでこうなってる!?
「あの、橘? ここ、橘んち?」
私は、気まずいので背中を向けたまま、まず初歩的な質問をする。
これじゃあまりにも間抜けだと自覚しつつ。
「……覚えてないのか」
ぼそっとつぶやく彼の声は、表情は見えないながらも、落胆したように聞こえる。
いや、呆れてるのかも。
「えっと……」
はい、覚えてませんとも言えなくて、私は言葉を濁した。
「お前、飲んでる途中で寝たんだよ。みんなは終電で帰って、お前は起きたらタクシーで帰そうと思ってたんだけど……」
けど?
私は続きが気になって、橘の腕の中で寝返りを打ち、振り返った。
近っ!
目の前に橘の整った顔があり、目のやり場に困る。
「お前が1人の部屋に帰るのはヤダって甘えるから……」
甘えた!? 私が!?
私はそんなキャラじゃない。
いや、百歩譲って、酔った私がそう言ったとしても無理矢理タクシーに押し込んじゃえばよかったんじゃない?
「……だから、酔ってた橘は、うっかり間違って私なんかに手を出した?」
私がそう確認すると、橘は悔しそうに唇を噛んだ。
「もういいわよ。お互い子供じゃないんだし、忘れてなかったことにしましょ」
その方が後腐れなくていい。
すると、不意に起き上がった橘は、私の顔の両側に手をついた。
「な、なに!?」
そう尋ねた私の唇を橘がふさいだ。
え、ちょっと!
私は橘の胸を押し返そうと両手で頑張るけれど、びくともしない。
逆に橘の手が私の体のラインをなぞっていく。
「んん、ア……」
全てを知ってると言わんばかりに攻め立てる橘に、私はなすすべもなく、溺れていく。
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