魔法少女シャイニーフローラ

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 魔法少女であるあたしは、何日も続くこの嵐が天災ではなく、因縁の敵、マジョリーンが起こす人災だと気が付いた。  魔界の魔女たちの起こす悪行には、お仕置きが必要だ。この天気で人のいない河川敷で、彼女を呼び出して今日もバトルする。 「マジョリーン!今すぐ嵐を起こすのをやめなさい!」  風と雨を纏った黒衣の女が虚空に現れる。マントがなびいて、そこから魔法の嵐が発生しているのがわかる。 「おや、その声はシャイニーフローラ。今日は変身していないのだな」 「あなたの悪事は、いつだってあたしが止めてみせる!」  こんな天気じゃ、街の人々の生活に支障がたくさん出る。作物は根腐れするし、子供たちの学校イベントは軒並み中止だ。許せない。  ていうか、もともとあたしの今日の予定だった片想い中の彼とのデートも、この天気で中止になっていた。実に許せない。  マジョリーンは高みから、高慢という文字を顔面に貼り付けたようなイヤ~な笑顔を投げ掛けてきた。 「ハン! わらわは魔界最強の魔女だぞ? 普通の人間の姿のお前に何が出来る?」 「変身よ! シャイニー! サンレッドパワー!」  あたしはハイビスカスをかたどったブローチを胸からはずし、天高く掲げた。雨がビチビチと顔に当たってちょっとしんどい。  深紅のブローチが太陽のごとく輝いた。  あたしはブローチの力を借りて変身するのだ。ある日下校中に突然フェレットっぽい可愛い生物にスカウトされ、悪と戦う魔法少女になった。シャイニーフローラが司るのは赤色と、太陽と花。シンボルはハイビスカス。いかにも主人公っぽくて、気に入っている。  空間が虹色に光り、複数のリボン状の光線が、ブローチから出現してひらひらと優雅に舞い踊る。あたしの私服は謎の力で消え、コンプライアンス徹底のために身体は泡のようなエフェクトで隠された。そして魔法少女のユニフォームを形作るべく、光るリボンが綺麗な弧を描いて、私の体に巻き付いていく。  と、そこで。  マジョリーンの右フックが顔に飛んできた。  あたしはスピンしながら六メートルほど吹っ飛んで、半裸のまま「ここで釣りをしてはいけません」とかいう看板に激突して泥でべちょべちょの地面に落ちた。  エフェクトも消えて、失敗した変身で生成された魔法少女のユニフォームは下半身だけだ。  思わず自慢のバストを両手で隠して悪態をつく。 「ちょちょちょ、ちょっと!!! バカなの?」  マジョリーンは平然としている。 「なんだ、シャイニーフローラ」 「変身の最中にそれはないでしょっ! 見て! なんか裸にされたし、差し歯が取れたわよ!」  横殴りの雨のなか、土手をコロコロ転がっていくあたしの前歯。  地上に降りてきた敵はため息をついた。 「変身モーションが長いのだ……。あまり尺をとるんじゃない。どうせ毎週使い回しのショットではないのか?」 「使い回し言うな」 「わらわは、結論が早いのが好きなのだ」 「結論ン?! あたし負けてないわよっ!」  あたしは間髪いれず駆け出すと彼女の懐に入って、頭突きを繰り出した。その際、視聴者にも大人気のマジョリーンのでかい胸が顔面にボヨンと当たり、かなりムカついた。  マジョリーンが鼻血を噴いた顔を両手で押さえて、黙って引き下がると、ふいにどしゃ降りの雨がスッとやんだ。  つぎに、かろうじて変身できた魔法少女ブーツの尖ったヒールで、敵のみぞおちに一発ぶちこむと、ごうごう吹いていた風も一瞬でやんだ。 「なっ……ひゃいにーふろーら?! んおおおおお!」 「あんだコラアアアアア!」  魔法を使うのをすっかり忘れて逆上しているマジョリーンが撃ってきたストレートパンチを、交差させた両腕でガッチリ受け止める。  かくして、今日のバトルは素手による殴り合いになった。  しばらくして。  嵐が去って外へ出てきたジョギングの老人が、満身創痍のあたしたちを見るなり、ヒッと言って逃げていった。  二人とも、顔面がパンパンになっている。 「ひ、引き分けね……」 「ひ、引き分けでもかまわんが」  エンディングの時間も近づいているので、マジョリーンは適当にまとめに入り出した。 「次回はもっと、陰湿な嫌がらせにするぞ」 「あれはやめて。前にやったやつ。街の人みんなに一日中残尿感を課したやつ。あれは最悪だったわ」 「視聴率は一番良かったろう」 「商売のために心を捨てないで。せめて魔界のためだけにして」 「フフフ」 「笑うな」  突然、彼女がマントをあたしに差し出してきて、「それを着て帰れ、貧乳」と言った。  晴れ渡った空に戻ってきた小鳥たちを見上げて、マジョリーンが呟いた。 「そういえばな、嵐が続くとお前たちが困ると思ったから降らせたが、わらわも晴れのほうが……好きなのだ……」  晴れが好き……。らしくもないことを言いながら、去り際にちょっと笑ってくれたマジョリーンに、不思議と親しみを覚えた。  ……これは胸キュンなんかじゃない!一瞬のときめきを自分の心の中で否定して、あたしは宙に飛び立つマジョリーンを指差して言い放った。 「……来週は手加減してやってもいいわ!」 〈了〉
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