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第2話 幻想
かつて偉大なる哲学者アリストテレスはこう言った。
「人間は社会的動物である」と。
人である限り、大なり小なり、人間同士の共同体に属している。
会社、学校、クラス、部活、サークル、友達グループ、etc。
社会にはあらゆるコミュニティが無数に形成されており、そして人は何らかの組織に所属している。
でも、僕は、何かの集団に属しているとは言い難い。
逆説的に、僕は、アリストテレスの定義する“人間”と呼べるのだろうか。
時々分からなくなる。 僕は何者なのだろう。
でもこのMMORPGヘブンズ・スクエアに接続している時だけ、そんな疑問を忘れることができる。
MMORPG――
インターネットを通じて仮想世界にプレイヤーが集まり、バトルやイベントを通じて装備やアイテムを集めたり、他のプレイヤーと交流したりする、大規模多人数同時参加型オンラインRPG。
2000年代初頭 爆発的に流行し、ウルティマオンライン、リネージュ、ラグナロクオンライン、レッドストーンなど、数々のタイトルがヒット。
その後も隆盛は続くが、10年も経つ頃には人気に陰りが見え始め、近年ではゲームのシェアの殆どを、スマートフォンのソーシャルゲームに奪われつつあった。
しかし3年前、突如として発表された「ヘブンズ・スクエア」によって、MMORPGが 再び脚光を浴びる。
ヘブンズ・スクエアの舞台は、天空に伸びる、100階建ての架空の超高層ビル。
1階層ごとに、存在できるプレイヤーの上限は500名。
よって総プレイヤー人口は、100階×500名で、5万人という事になる。
多くのMMORPGは、課金額の多寡によって強さやランキングが左右されるが、このゲームの特殊性は、課金要素がさほど重要ではないところだ。
月々のゲームプレイ料金は勿論、装備やアイテムの課金、ガチャの類も全く無い。
多少ゲームが快適になったり、アバターが変わるぐらいのオマケ程度のものだ。
ヘブンズ・スクエア内で真に重要視されるのは、クエストの達成度やイベントの参加率、モンスターの討伐数やアイテムの入手数、隠しトロフィーの解放、ギルドへの貢献度、他プレイヤーからの人気などだ。
あらゆる要素が加味され、多角的に採点される。そしてそれらの総合ポイントに応じて、2か月に1度、階層が上へ下へと変動する。
まるでJリーグの入れ替え制のように。
つまりヘブンズ・スクエアのプレイヤーにとっての目標は、より上の階を目指す事であり、いつか最上階へ辿り着くこと。
プレイヤーは自分の階層に一喜一憂し、達成感と充足感、そして何よりプライドを得るのだ。
しかしこのゲームの存在は噂が噂を呼び、今やカルト的人気になり、入会希望者は、プレイ可能人数の5万人を優に超える、100万人とも言われている。
ネットオークションではこのヘブンズ・スクエアの会員IDが50万円前後で取引されているという、異常事態だ。
噂では、ヘブンズ・スクエアでの高層プレイヤーは、現実世界で名乗り出れば、それなりのステイタスになるという。
それぐらい、ネット上では知る人ぞ知る、伝説のゲームとなりつつあるのだ。
かくいう僕も、現在13階に到達している。 密かなる自慢だ。
この前4組の織田君がヘブンズ・スクエアのプレイヤーであると高校で噂になり、一躍有名人になっていた。
どうやら91階の住人らしい。
もし僕が名乗り出たら……ちょっとしたパニックになるかもしれない。
でも止めておこう。
アリストテレスに言わせると、僕は人間じゃない。 そう、ただの岩なのだから。
暗転した画面に浮かび上がる、「Now Loading...」の文字をぼんやり見つめる。
たった数十秒、でも気の遠くなりそうな、永遠にも思える数十秒間。
次の瞬間、目の前に広大な仮想空間、ヘブンズ・スクエアの世界が広がる。
そして僕は陰気な高校生ではなく、勇ましい魔法剣士へと生まれ変わる。
ログインした途端、『マコト』からボイスチャットが飛んでくる。
「おー、洋介。 今日は遅かったじゃないか。 もう一人でバフォメット狩りしてるぞ」
「遅いったって、いつもより5分遅れただけじゃないか。 どんだけせっかちなんだよ!」
僕は笑った。
「悪い悪い。 十字剣フラガラッハが欲しいって言ってたよな? 今日はドロップするまで徹夜で付き合うぜ~」
「ありがたい! 持つべきものは親友だな! じゃあ改めてバフォメット狩りといこうぜ!」
僕はマコトの待つ、マカダリア渓谷へと向かった。
僕は岩なんかじゃない。
少なくとも、ヘブンズ・スクエアに接続している今だけは。
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