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第41話 新太
新太さんは、おもむろに喋り始めた。
「元々はシステムエンジニアとして勤めてたんだが、独立して小さなベンチャーIT企業を創った。 今は仲間を集めて、webサービスやITサービス、ソフトウェア開発をしている」
「そんな中、何故ヘブンズ・スクエアを創ったんですか?」
「いつか君とマコト君が話してた通りだよ。 半分は ただの道楽さ。」
「……残り半分は?」
「まぁ経営者としては、新規事業の開拓というのかな。 実験的にMMORPGを展開してみる事にしたんだ」
「それが 反響を呼び、空前の大ヒットになったんですね?」
「ああ、俺も予想外だったよ。 MMORPGなんて、とっくにオワコンだと思ってたからね。 何かプレイヤーにとって、琴線に触れるものがあったのかも知れないね」
「新太さんのやり方次第では、ヘブンズ・スクエアは莫大な収益を上げることができた筈です。 でもそれをしなかった。 何故です?」
「何度も言うように、俺の趣味の延長線上だったからね。 元々儲けるつもりは無かった。 とはいえ、社員を食べさせなきゃならんから、最低限の課金要素は設けさせてもらったよ」
「先程から新太さんは趣味だと強調してますが、本当にただの趣味ですか?」
「どういう意味かな?」
「上手く言えませんが……ヘブンズ・スクエアをプレイしてる時、偶に制作者の意図みたいなのを感じる事があったんです。 だからいつか最上階に到達して、ゲームマスターに会うような事があれば、聞いてみたいと思ってたんです。 このゲームを創った真の意味を。 今、改めて問い掛けても良いですか」
「はは、仕方ないな。 やはり洋介くんに隠し事はできないようだ。 俺も上手く説明できるかは分からんが……。 かつて俺は、人の心が何なのか、分からなくなった時期があったんだ。 自分が何者なのかさえもね」
「以前、風間先生も新太さんと同じような台詞を言っていました。 そして犯罪心理学の分野を志したと」
「賢斗が? ははっ。 詰まるところ、俺も同じさ。 人間の心理とか本質とか、そういうものを垣間見たいと、強く願うようになった」
「もしかしてそれは、ヘブンズ・スクエアの、コアというシステムが関係していますか?」
「慧眼恐れ入ったよ。 君は本当に鋭いな」
「画期的なシステムが多く採用されてるゲームだけど、『コア』は一際 異彩を放っていたんです。 通常のゲームなら、HPが0になった時点でゲームオーバーです。 でもヘブンズ・スクエアは、そこからコアが発現して、そのコアをどう扱うかで、更に選択を迫られる」
「そう。 例えば仲間のコアなら全力で死守するだろう。 しかし競合者なら? 長年啀み合ってきた宿敵のコアを目の前にした時、人はどんな選択肢を選ぶ? 切羽詰まった状態の、人間の感情の機微に触れてみたかったんだ。 我ながら悪趣味だと思うがね」
「HPをプレイヤーの命とするなら、コアは魂です。 コアを破壊されると、問答無用で1階層下へ落とされる。 プレイヤーによっては、1階層上がるために半年、或いは1年かける者もいる。 コアの破壊行為は、ゲームとはいえ、あまりに罪深い」
「まさしく。 コアの発露を前に、プレイヤーの取った行動を集計し、統計を出した。 やはりコアまで破壊する者は殆どいない。 例えば朝倉のようなプレイヤーでも、そこまで酷い事はやらない。 しかしごく稀に、何の躊躇いもなく、壊す者がいる。 一定の確率で、確かに存在するんだ」
「そう……ですか。 それで新太さんは、どうするんですか」
「別に何もしない。 ああ、そうかと思うだけだ。 でも、たかがゲームだが、これが社会の縮図なんだと俺は思う。 ただのそれだけだ、我ながら実に下らん。 がっかりしたかい?」
「いえ、とても素敵な話でした。 この気持ちを表す適切な言葉を持ち合わせてはいませんが、今の僕には新太さんの主旨や行動様式がよく分かりますし、賛同できます」
「ははは、お世辞でも嬉しいよ、ありがとう」
そこへ長時間の電話に痺れを切らせた風間先生が割って入ってきた。
電話をスピーカーに切り替える。
「おいおい、いつまでお喋りしてんだ。 お前等、花も恥じらう女子高生か?」
「すまん賢斗、洋介くんとの会話は思いの外 面白くてね」
「風間先生……! ビックリする事が多すぎて……! 新太さんはカリスマハッカー『デビル’s』であり、偶々僕がプレイしてるゲームのギルドマスター、『タマキ』さんだったんです……!」
風間先生は、吹き出した。
「ぶはっ、なぁ~にが『タマキ』だよ、どうせ環菜ちゃんの『環』から取ったんだろ、未練がましい奴め」
電話口で新太さんが憤る。
「誰よりも引き摺ってる奴に、言われたかないね」
風間先生は、やれやれといった顔で説明する。
「洋介くん、こいつは名前に無頓着というか、短絡的というか……『デビル’s』も、『デビル’s』→『悪魔’s』→『AKUMA’s』……つまり、『佐久間』のアナグラムなんだよ。 どうだい? つまらんだろう?」
新太さんが、電話の向こうで声を荒げる。
「うるっさいな、名前なんてどうでも良いんだよ、放っとけ! 殴るぞ!」
風間先生も、負けじと舌を出す。
「電話でどうやって殴るんだよ、バ~カ!」
僕は風間先生が、いつも以上に優しい目をしている事に気付いた。
まるで少年みたいな顔で笑っている。
きっと新太さんも、そうなんだろう。
僕は幼い頃の自分とガンちゃんを重ねて、密かに笑った。
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