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『万里子へ。
今日、君から手紙をもらう夢を見た。こんなことを言うと有り得ないと君は笑うだろうけど、居ても立ってもいられず筆を取ってしまったよ。
僕は、ちゃんと元気にやっているよ。今は仕事でエジプトにいるんだ。はは、出世しただろう?歴代の指導者を知ることができるんだから、これは浪漫だよ! 道雄』
まるで、目の前にいて話しているかのような錯覚。相変わらず、私への気遣いもへったくれもない言い分。彼はまったく変わってない。
それでも、あの笑顔を思い出してまた涙が溢れてしまう。
「相変わらずね。勝手なんだから…。」
そう、あの人は勝手な人。高熱で動けない私を置いてきぼりにして調査に行ってしまったあほんだら。
そのまま行方くらませて、帰ってこないまま。何が出世だ、おめでとう。
ぐすっと鼻をならして、私は冷蔵庫に向かう。中から自分じゃ飲まないのに彼のためにストックし続けてるビールを1本取り出す。プシュッとプルタブを起こし、彼のお気に入りのグラスに注ぐ。ちょっと埃が浮くのはご愛嬌。このくらい許されろ。
「私も進まなきゃね。」
呟き、リビングの隅に向かう。
おりんを叩き、仏前に供える。
「お返事、ありがとう。まさか向こうで出世するなんて、よっぽど水が合うのかしら。おめでとう。私も、新しい環境で、頑張ってみるね。」
あの日のことは許せてないけど、もう良いことにしてあげよう。
仏壇から『そうそう、浪漫だよ!』と聞こえた気がした。
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