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『今、どこにいますか?
逢いたいです。 万里子』
便箋に綴る正直な気持ち。届ける手段の分からない手紙でも、馬鹿真面目に宛名に夫の名を記し、住所の欄が空白のままの封筒に入れて封をする。
「馬鹿みたい。」
独り呟くと、机の上の埃が微かに舞った。
ここは夫が使っていた部屋。彼が戻らなくなりもう7年。まったく使われていないのにずいぶん汚れてしまったのだと気付く。
「馬鹿みたい。」
夫はうだつの上がらない研究者。遺跡だ文献だと日本はおろか世界各地を飛び回っている割に、収入も業績も上がらない苦労人。でもその仕事を彼はとんでもなく楽しんでいたし、少年のような瞳で「これは、浪漫だよ!」と意気揚々と出掛けていく姿は微笑ましく、愛おしかった。
机の引き出しに宛先のない手紙をそっと入れ、私は掃除に取りかかる。たとえもう帰ってこないとしても、ここは彼の部屋だ。綺麗にしておきたかった。
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