day1

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 店内に残された二人。桔梗はなんだかそわそわしっぱなしだった。たまらなくなって、桔梗は冬音に声を掛けた。 「あの、美原さん」 「はい」 「時間、大丈夫ですか?」 「……あっ」  桔梗の言葉に冬音はもう一度腕時計を確認した。確認した瞬間、目玉が飛び出してしまうくらいの勢いで目が開いた。 「す、すみません! もう本当に行かないと! あ、あのマカロン美味しいですね! あー、えーっと」  桔梗は焦る冬音を落ち着かせながら、扉まで誘導した。 「と、とにかく! 私、このお店好きです!」 「ふふっ。それはそれは店主として嬉しい限りです。行ってらっしゃい」  桔梗は驚いた。冬音も驚いた。桔梗は自分の口から自然に出た言葉に。冬音は掛けられた言葉に。 「……行って……来ます」  冬音は恥ずかしそうに小さく言うと、そのまま店を出て行った。  桔梗はその場に立ち尽くしていた。  振り返れば自分らしくない行動だった気がする。初対面の二人にはもちろんだが、冬音にたいしては更に、だ。 「……まだ何も知らないのに、なんだろうこの感じ」  踏み込んではいけない線。それにしたって、出会いは衝撃的だった。映画やドラマ、小説よりもずっと奇抜で不思議な。不思議なのに、怖がる自分も面倒に思う自分もいなかった。 「……とりあえず、お品書きを書き直そうか。あ、今日の夜はホテゴちゃんレトルトカリーにしよう」  桔梗は自身の頬を軽く叩いて、気持ちを入れ換えた。
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