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「どこにいるんだい?」
お母さんが少年を探しています。仕事をさぼって庭で遊んでいた少年は、急いでお母さんのところへ行きました。
少年とお母さんは、二人っきりでくらしていました。にわとりの世話をするのが少年の仕事です。世話が終わったら、にわとりの小屋にしっかりとかんぬきをかけるようにと、お母さんは少年に言いつけていました。
少年が駆けつけると、にわとり小屋はやぶられ、にわとりはみんな食べられていました。狼の仕業です。だから、お母さんは、かんぬきをかけるように、言いつけていたのです。
少年は「しまった、忘れていた」と思いました。お母さんが尋ねます。
「おまえ、昨日、かんぬきをかけなかったのかい?」
少年は答えます。
「いいえ。ぼくはしっかり、かんぬきをかけました」
「おかしいねえ。かんぬきがかかっていたら、狼は小屋に入れないはずだけど」
不思議そうにそう言うと、お母さんは事件が起こったことを領主様に伝えました。
領主様のけらいの兵士がやってきて、にわとり小屋を調べました。
「たしかに、狼の足あとがある。かんぬきをかけ忘れたのだろう?」
兵士に聞かれ、少年は、ついまた同じように答えました。
「いいえ。ぼくはしっかり、かんぬきをかけました」
「かんぬきを開けられる狼というと、人狼にちがいない。今はにわとりで満足しているが、そのうち人をおそうだろう」
そう言うと、領主様に報告しに行きました。その後すぐ、たくさんの兵士たちと村の男みんなで山狩りすることが決まりました。少年も一緒に行くことになりました。
たくさんの人が山中を歩いて探し回りましたが、人狼は見つかりません。陽がくれ、夜になっても山狩りはおわりません。みんな疲れて寒くて腹ペコでした。
少年は泣きそうになりながら、そっと大人たちから離れ、がけに向かいました。そして、がけからぶら下がると大声でさけびました。
「たすけて、たすけて、人狼だ!」
少年の声を聞きつけ、兵士たちが駆けつけました。がけから引っぱりあげてもらった少年は言いました。
「人狼は、ぼくを食べようとして、あやまってがけ下に落ちました」
それを聞いて数人の兵士が、がけ下へおりていきました。
「あったぞ、あったぞ、狼の死体だ!人狼は死んで狼にもどっているぞ!」
がけ下から兵士がよろこんでさけびました。山狩りはやっと終わり、みんなほっとして村へ帰りましたが、少年は真っ青になりました。
少年は一人で人狼をしとめた英雄として、お城の兵士にとりたてられました。
ほかの兵士たちは、少年が剣もふれないし、力もまるっきり弱いので、バカにしました。少年はくやしくなって、つい言いました。
「ぼくはたった一人で人狼に勝ったんだ」
すると、それを聞いた隊長が命令しました。
「ほお。それなら、おまえ一人で山賊を退治して来い」
少年は真っ青になりましたが、命令にはさからえず、腰に剣をぶらさげて、とぼとぼと出かけました。
山賊のアジトについても、少年は怖くてしかたありません。アジトのかげにかくれて様子をうかがっていました。
夜になり、山賊たちは酒盛りをはじめました。すると、山賊のかしらと二番目にえらい男がけんかをはじめました。二番目にえらい男がかしらを殺して言いました。
「今日からおれが山賊のかしらになる」
すると三番目にえらい男が言います。
「それなら、おれもかしらになりたい」
三番目にえらい男が、二番目にえらい男に切りかかり、四番目にえらい男も五番目にえらい男も、みんなが山賊のかしらになろうと、切りあいをはじめました。
少年はおそろしくて、目をつぶって耳をふさいでじっとしていました。夜が明けたころ、そっとアジトの入り口から中をのぞいてみると、山賊たちは切りあって、みんな死んでいました。少年は、腰にぶら下げていた剣を、山賊のかしらの体に突き立てると、急いでお城に帰りました。
少年の話をきいて、隊長が急いで山賊のアジトに行ってみると、たしかに、山賊はみんな切られて死んでいます。おかげで、山をこえる旅人は安心して道を行けるようになりました。
この話をきいた王様はたいした男がいたものだと、少年を将軍にとりたてました。少年は剣もふれず、力も弱いので困り果てましたが、いつもそばに護衛の兵士がついているので逃げ出すことも出来ません。
それからすぐ、王様は隣の国と戦争をすることに決め、少年も戦場へ行くことになりました。
王様と兵隊たちの行列は休む間もなく歩きつづけ、隣の国とのさかいまで来ました。そこで日がくれたので、テントをはって休むことになりました。
少年は将軍だったので、一人でひとつのテントを使えました。みんなが寝静まるのを待って、少年はテントのうらがわをくぐって、逃げ出しました。
こっそりとテントとテントの間をかけて、森のそばまで来たとき、森の中に、隣の国の兵隊がたくさんかくれていることに気づきました。
「敵だ!!」
思わず少年はさけび、その声を聞きつけた兵隊たちがかけつけ、戦争が始まりました。少年は飛んできた矢に腕をきずつけられ、一度も剣をもたないまま、味方の兵隊の一番後ろに包帯でぐるぐる巻きにされ座っていました。
少年の国が勝ち、戦争が終わりました。しかし、王様は深い傷をおい、明日にも死にそうになっていました。
王様には子供がいませんでした。だれが国をうけつぐのか、えらい将軍たちが会議を開きましたが、次の王様になるべき人がだれか、わかりませんでした。
王様は、少年をよびました。王様のベッドのすぐそばに少年がやってくると、王様は言いました。
「次の王様はおまえだ」
それを遺言として、王様は亡くなりました。
少年はびっくりして口もきけませんでした。えらい将軍たちは、みんな少年をもちあげます。
「そうだ、この英雄こそ次の王様にふさわしい」
王様になった少年は、こまりはてました。なにせ、王様の仕事についてなにひとつ知らなかったからです。少年は、そばにいた兵士に命令しました。
「国で一番かしこい人をつれてきなさい」
兵士は国中におふれをだし、国で一番かしこい人を探しました。すると、国中からたくさんのかしこい人がやってきて言います。
「私こそ、この国で一番かしこい」
少年は、だれがほんとうに一番かしこいのか、とてもわからなかったので、全員に言いました。
「この国をおさめる良い方法をみんなで考えてくれ」
かしこい人たちはみんな、ひっしにがんばって考えて、どうしたら国が良くなるか話し合いました。新しい良いことが100も200も考え出され、王様になった少年は、それをすべて行うように命令しました。
国はどんどん住みやすく、豊かになりました。少年は知恵も出さず、剣もふらず、しかしとても良い王様だとほめられました。
しかし、少年は、だんだん具合が悪くなっていきました。自分が今までついてきたうそがいつばれるかと怖くて、ごはんもたべられず、夜もよくねむれず、いつもため息をついていました。そして、とうとう病気になってしまいました。
王様のお医者さんが、いよいよ命があぶないでしょう、と言ったので、少年のお母さんがよばれました。
少年は、王様の部屋にお母さんと少年二人きりだと気づくと、涙を流して言いました。
「お母さん、すみません。ぼくは本当は、にわとり小屋にかんぬきをかけ忘れたのです」
お母さんは、やさしく笑うと、少年の手をとって言いました。
「よく、ほんとうのことを話してくれましたね。さあ、安心しておやすみ」
少年は、お母さんの言葉を聞くと安らかに目をつぶり、さめない眠りにつきました。
王様のおそうしきは、盛大におこなわれました。国中の人がすばらしい王様の死をかなしみました。
一人の将軍が、王様のお母さんのもとへきて、お悔やみをもうしあげました。
「こんなに立派な王様を若くして亡くして、さぞやお悲しみでしょう」
「私はむすこが世界一の正直者だと知って、今、とてもうれしいのです」
お母さんは、にっこり笑って言いました。
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