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干し葡萄と蜂蜜のオートミール粥
起きなさいと声をかけられているものの、アリシャはどうしたって起きたくなかった。それが優しい母の声ではなかったからでない、アリシャの中にある内なる声が『まだ寝ておいで。目醒めるには早い』と囁いていたからだった。
「──起きなさい。そろそろ体に何かを入れてやらねばもたないぞ」
落ちついた低い声は微かに掠れていた。声の主より奥でパチパチと木が燃える音がしている。
「……起きたくな──」
駄々っ子のように起きることを拒否する自分の声で、アリシャの意識は夢から引っ張り出された。
「目覚めたな」
アリシャを覗き込む男性は首をすっかり隠すほどの見事な顎髭を蓄えていたが、夜の暗さに負けて顔の作りはわからなかった。雰囲気で老齢に片足を突っ込んだ男性であることは伝わってきた。
「ここ……あなたは?」
自らの問いに、アリシャはまるで冷や水を浴びせられたように震え上がった。
(そうだわ。私は逃げてきたんだった……。ああ、みんな……)
アリシャは燃え盛る村をはっきり思い出し、同時に母を抱きしめて絶命していた父の姿を見ていた。激しい煙の中にあっても開かれた瞼は微動だにしない。そして、父の腕の中で母も見開いた空虚な瞳にアリシャを映していた。光の消えた母の眼差しは釣り下げられたウサギの目にそっくりだった。
いつもソックリだと言われたハシバミ色の母の目や髪が、酷く暗くどんよりとして見えた。
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