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Ep.1 イザベラを狙う影
【 5月23日 】
ルカレッリ医師は聖バシリオ精神病棟に常駐する医師の一人で、私が患者を見舞う際の取り次ぎはすべて彼が窓口に立つことになっていた。
「この仕事には志願されたんですか？」
最初の患者のもとへ案内する道すがら、ルカレッリ医師は軽い調子で私に話し掛けた。背が高く、顔の半分が赤茶色の髭に覆われていた。どこか飄々とした印象を与える男性で、彼は精神科医に対して私が抱いていた暗いイメージを払拭した。
「いえ。修道院長から打診がありました。修道士・タダイの後任を探していると」
「へえ、院長のご指名でしたか。それは驚いた」
彼の朗らかな声音は私の緊張を多少なりとも和らげてくれていたが、しばしば相手に失礼と取られるような物言いをする。私は些かムッとして訊き返した。
「何か問題でも？」
「いえいえ！ 精神病患者を相手にするのはなかなか骨が折れますからね。てっきりまた年長の僧が来るだろうと思っていたんです」
フラテッロ・タダイのように。
彼はそう口にこそしなかったが、言いたいことはわかった。私が予想より若すぎることに驚いていたのだろう。無理も無いことだ――私自身も院長より指名を受けた時は驚いたのだから。
先代のタダイ修道士は六十をとうに過ぎた歳であったが、その聡明さは少しも衰えがなく、慈悲深い瞳で私たちを導いてくれる偉大な師であった。一方の私は、見習いの肩書を下ろしてからもう何年か経つものの、修道院の中ではまだまだ若輩者と言わざるを得ない。
私の不安が伝わったのか、ルカレッリ医師は励ますように微笑んだ。
「それだけあなたが優秀な方だということですね」
「……そうありたいとは思いますが」
彼はしげしげと私の顔を覗き込んだ。
「緊張しておられますか？」
「ええ」
「大丈夫ですよ。確かに一般の信徒を相手にするのとは勝手が違うとは思いますが、難しいことはありません。少しずつ慣れていっていただければ」
そんな会話をしているうちに、目的の部屋の前に着いていた。ルカレッリは私を扉から離れたところへ呼び寄せ、声を落として言った。
「これから引き合わせる女性は入院患者の中でもかなり症状が軽く、簡単に会話するだけなら健常者と何の違いも感じないと思います。極めて無害です」
「無害……？」
彼は微笑んだだけでその点については何も言わなかった。
「一応、患者が抱える症状はお伝えしておきますね。彼女――イザベラ・ロッコは軽度の統合失調症の疑いがあります。時々妄想に憑りつかれて錯乱したり、その間の記憶が無いと訴えていましたが、服薬治療によって最近はかなり安定しています。そろそろ自宅療養に切り替えても問題無さそうということで、ご家族とも退院に向けた話を進めているところなんですよ」
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