【 母の本 】

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【 母の本 】

 どうして、母の書いたと思われる本がこんな押入れに入っているのか。  手にしている本は、帯こそ付いていないものの、ソフトカバーがかけられており、ちゃんと製本されているもののようだ。  小口部分の変色具合を見る限り、そんなに読み込まれた様子はない。  本のタイトルは、『あの時、確かに君はここにいた』。  表紙は、桜の花を見つめる、悲しげな表情をした髪の長い少女のイラスト。 (母がどうしてこんな本を……? どんな内容の本なんだろう……)  私は恐る恐るその本を開いてみた。  1ページ目には、本のタイトルと著者名が書かれている。  名前を改めて確認するが、『樋口 春美(ひぐち はるみ)』。母の名前で間違いはない。  ページを(めく)ると、文字が並んでいる。  冒頭部分を見る限り、絵本とかエッセイなどではなく、小説のような書き出しだ。  本当に母が書いたものなのか。  同姓同名ということも考えられる。  気になることはいくつかあったが、本の内容が気になり、その先を読み進めてみた。  その小説の中に出てくる主人公の名前は、『晴美(はるみ)』といい、17歳の黒髪の少女。  表紙にあったあのイラストの少女が主人公と思われた。  『ポケベル』とかいう単語が出てくることから、時代背景は昭和のようだ。  出だし部分を読む限り、その少女が憧れる一つ上の先輩『浩二(こうじ)』との恋愛を描いた青春小説と思われる。  ここで、私は気付いた。  母の名前は、『春美』。そして、主人公の少女の名前は漢字こそ違うが同じ呼び名『晴美(はるみ)』。  その憧れの先輩の名前『浩二』も、父の名前『浩一(こういち)』から付けた名前に違いない。  そして、母は父よりも一つ年下。  この小説の主人公は、母と父に間違いない。  そして、読み進めているうちに、この小説を書いたのも、母本人に違いないと確信していった……。
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