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翌日の夜、私が食器を洗っていると、荒川くんが深妙な面持ちで、七海、と話しかけてきた。
「今日、百野から七海知らないかって連絡あった。七海が百野と一緒に暮らしてたの自体知らなかったんだけど、俺。何で七海、百野に何も言ってないんだよ。百野と何かあったの?」
百野。
荒川くんが発するその単語に私は反応してしまう。荒川くんの口から、由梨花の名前が出てくるとは思わなかった。
「別に何もないよ。……ただ、言うの忘れてただけ」
「普通そんな大事なこと、一緒に暮らしてる親友に言うの忘れるか?」
親友。客観的に見たら、私たちは親友に見えるのか。
私は話を逸らす。
「それで、由梨花は何か言ってた……?」
「ご飯とか作って待ってるのに、何の連絡もなく帰ってこないのはないわ……って言おうと思ったんだけど、それより心配だったって、単純に。なんかあったのかと思って。無事でよかったって言ってた」
「……そっか」
「いや、まじびっくりした、俺。そういえば、昨日連絡あったのも百野?」
私は躊躇いながらゆっくりと頷く。そのことには、気づかれたくなかった。
「何があったか知らないけど、百野にちゃんと連絡しといた方がいいんじゃね」
「うん」
言えない。
由梨花への私の想いが溢れてしまう前に、何も言わずに彼女の前を去ったこと。
由梨花と距離をとれば、そして荒川くんとそういう関係になれば、この想いもどこかへ消え去るのではないかと思って、私が今荒川くんの部屋にいること。
そんなこと、由梨花にも、荒川くんにも絶対に言えない。
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