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「いいかい、君のその想いはただの同情だ」
今にも消え入りそうな声で、しかし花霞は無理やり笑ってみせる。
「あの女の子の想いに応えられなくて、悔しかっただろう、悲しかっただろう。だからむきになってしまっているだけさ。あの子のことを救えなかった分、僕で罪悪感を拭おうと思っているだけだよ。君は罪を償いたいだけさ。だから、」
「君のその想いは、恋心なんかじゃない」
それは花霞からの最後の拒絶だった。燕から向けられる想いから逃げるための、精一杯の牽制だった。
前の燕なら、きっと傷付いていたことだろう。彼に葵の面影を重ねていたのは事実だ。しょせんこの感情は燕の自己満足にすぎなくて、恋などではないのだと自分に絶望していたことだろう。
だが、もう違う。
燕は、花霞と向き合うためにここにやってきたのだ。
燕は深呼吸をし、花霞の手に触れる。
花霞は動揺して手を振り払おうとしたが、燕はそれを許さず強く握りしめた。
「確かに、最初はただの同情だった」
燕は花霞の手を見詰めたまま、絞り出すように切り出す。
「葵の想いに気付かなかった自分が憎たらしかった。だから君の想いにも応えてやりたかった。今度こそは救ってやりたかったんだ。でも僕が救いたかったのは、きっと君じゃなくてあのときの葵だったんだ」
花霞の手が震える。自分がいかに残酷なことを言っているのか燕自身もわかっていたが、今さら逃げることなんてできなかった。
「葵のことが忘れられなかった。彼女を救ってやりたかった。ああそうだ、彼女を追い詰めたのはこの僕だよ。なのに僕なら彼女を救えたかもしれないのにと思いあがっていたんだ」
花霞は燕の言葉に怯えているようだった。もう聞きたくないと震える手が物語っていた。
燕はようやく顔を上げると、ヒマワリの咲き誇る目を見据える。
「でも、君が言ったんだ。甘ったれるなって」
自惚れるのも大概にしろと、花霞は燕を𠮟りつけた。自己嫌悪に浸っている暇があったら葵を救ってやれと、彼は燕の目を覚まさせてくれた。
罪悪感に囚われ、酔いしれていた燕の背中を押してくれたのは、他でもない花霞だったのだ。
怒りに燃え盛る黒曜の瞳が綺麗だった。揺らめくヒマワリが泣きたくなるほど美しくて、胸を切なく締め付けた。
この二か月、燕はずっと花霞の隣を歩いてきた。たくさんたくさん、数えきれないほど彼を見てきた。
隣に並んだ体温が心強かった。何度も何度も彼に勇気づけられて救われた。必ず燕に手を差し伸べてくれるくせに、けして崩れることのない心の壁がもどかしかった。悲しいならもう我慢などせずに泣いてほしかったし、一度でもいいから燕に向かって笑いかけてほしかった。
これを恋と呼ばずに、なんと呼ぶのか。
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