九十九花

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「……じゃあ、覚悟はいいかな」  紅花の問いに頷けば、彼は燕の体に生えた薔薇の花を一輪摘まんだ。  一つ息を吐き出して、紅花は薔薇を引き抜く。皮膚どころか腕の肉ごと引きちぎられるような強烈な痛みに一瞬気が遠くなったが、燕は唇に歯を突き立てることでなんとか意識を保った。  たえきれず零れた悲鳴は獣の唸り声のようで、およそ子供が発するものではない苦しげなそれに紅花は顔をしかめる。だが、それでも紅花はけして薔薇を引き抜く手を止めたりはしなかった。  ブチブチと嫌な音を立てて薔薇が完全に引き抜かれる。ずるりと抜けた根っこは燕の血でどす黒く汚れていて、紅花の膝元にポタポタと雫を垂らした。紅花は収穫した薔薇をひとまずトレーに乗せると、根っこの痕で穴だらけになった燕の腕に葛の花を挿して治療してやる。  燕はぐったりと体を椅子に預け、気絶していないのが不思議なほど憔悴しきっていた。それでも橙色の瞳が爛々と光ってこちらを見据えているのを見て、本当に強い子だと紅花は苦笑する。 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。この花があれば、きっと花霞は助けられる」  燕の口が小さく動く。声も出せないようだったが、本当に?と尋ねているように思えた。 「君も花琳兄さんの話を聞いただろう。一度人の体に寄生した花を取り除くことはできない。でも、一つ一つ枯れさせてやることはできるんだ。そのためには、」  紅花はトレーの上の薔薇を指し示す。 「この薔薇が必要だ」  人に寄生した花は、宿主の感情と強く結びついている。  欲望とも呼べるそれは厄介で、花と呼応して宿主の体を蝕んでしまうのだ。感情が強ければ強いほど、欲が深ければ深いほど、根は複雑に絡み合い、体の奥深くまで侵食し、命を削り取っていく。だから花霞のように体のほとんどを食らいつくされた人間の場合は、もう花を取り除いてやることができないのだ。  なら、どうすればいいか。  宿り主の欲を満たしてやればいい。  オシロイバナ。リナリア。ビオラ。勿忘草。アネモネ。黄色のチューリップ。翁草。白いゼラニウム。そしてヒマワリ。花霞の体に咲き誇るたくさんの花が訴えかけているものは、たった一つ。  私を愛して。 「愛してとすがりつく者に渡す花は、これしかないだろう」  花霞の想いに応えるために燕が咲かせたのは、深紅の薔薇。  花言葉は、「あなたを愛します」。  花霞の欲を満たすための、そして彼に咲き誇る花を枯れさせるための、唯一の花だった。  
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