九十九花

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「この薔薇を君から収穫して、煎じたものを花霞に呑ませる。そうすれば、あの子の体に咲いた花も一輪ずつ枯れていくんだ。……もっとも、君の体に負担がかかってしまうから一日一輪ずつしか収穫できないのだけれど」  もっとたくさん収穫できないのかとその目が訴えかけていたが、紅花はかぶりを振った。 「だめだめ、それで君にもしものことがあったら花霞が悲しむだろう。焦るのはわかるけれど、無理は禁物だよ。あの子と約束したんだろう? ずっと一緒に生きていくって」  燕の目はまだ不満げではあったが、とりあえず納得はしたようだった。紅花が彼の頭を撫でてなだめてやっていると、その背後から花琳が顔を覗かせる。 「そうそう、焦ることはないさ。僕達だって居るんだからな」  背中にもたれかかってくる兄の名を呼んで、紅花は花霞の容体を訊く。安定しているよと花琳が答えれば、目に見えて燕が安堵したのがわかった。 「今はオモトの花を挿してやって延命処置をしている。延命と言ってもしないよりはマシって程度のものだが、これ以上花の根が進行することもないだろうし、すぐには死なないさ」  君の花を収穫しつくまではもつだろう、と花琳は言う。花霞の命が尽きる前に全ての花を枯らすことができるだろうと。そうすれば、晴れて花霞は花から解放され生きながらえることができるのだ。それを聞いて見えてきた希望に涙ぐむ燕の背中を、花琳は乱暴に叩いてみせる。 「安心するのはまだ早いぜ。そのためには毎日今みたいな苦痛を味わう必要があるんだ。果たして君に耐えられるかな?」  あえて挑発的に問えば、燕は弱々しい見た目からは想像もできないほど力強く花琳を睨みつけた。やってやると言葉よりも雄弁に訴えかける橙色の瞳ににやりと笑って、花琳は満足げにもう一度背中を叩く。  その光景を微笑ましそうに眺めていた紅花は、それにしても、と声に愁いを滲ませた。 「花霞も花霞だ。まさかあそこまで花の侵食が進んでいるとは思わなかった」  本当に馬鹿な子だ、と紅花は呟く。確かに、花の侵食により花霞の命は残り少なくなっていたのだろう。だが、なにも対処できないわけじゃない。紅花達に相談してくれていれば、もっと早くから彼の症状を遅らせることだってできただろう。  なのに花霞は一人で抱え込み、それどころかトラユリの種を新たに取り込むことで余計に死期を早めてしまったのだ。そう遠くないうちにやってくる死を自ら招くほど、彼は恋心に追い詰められていた。本当に馬鹿だ。花霞も、弟が苦しんでいることに気付いてやれなかった自分達も。 「ああそうだ、本当に僕らは馬鹿だなぁ」  紅花の心情を読み取ったように、花琳は笑う。 「恋に怯えて、目を背けて、逃げ続けて。おかげでたくさん傷付いた。愛する者に触れるまで、ずいぶんと時間がかかっちまった。けれど不思議なもので、遠回りしたからこそ、今僕は彼の隣に並べているんじゃあないかって思うんだよ」  想い人の手の温度を思い浮かべながら、花琳は穏やかな表情で語る。紅花は兄の言葉に一瞬言葉を詰まらせ、それから泣き笑いの表情を浮かべて言った。 「……そんなの、僕もだよ」  紅花は溢れそうな涙を拭うと、燕に手を差し伸べる。 「行こう。君の大切な人が待っている」  燕はようやく喉を震わせ、震える声で紅花に応えるのだった。
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