九十九花

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「僕はもうじき狂ってしまう」  ひゅうひゅうと引きつった呼吸音を発し、花霞は告げる。 「僕もきっと、彼女と同じ運命をたどることだろう。恋に支配され、呑み込まれて、あの子みたいに化け物になってしまう。そうしたら、きっと君を傷付けてしまうことになるんだ」  それだけは嫌だなぁ、と花霞は呟いた。嗚咽交じりの声で語るのは、花霞がずっと隠してきた恋心の発露。 「自分の命がそう長くないことはわかってた。どうせ死ぬのに恋しているなんて馬鹿らしいと思っていた。君のことなんて忘れ去って一人で死にたかったんだ。でもどうだ、君に会ったらそんなことは吹き飛んでしまった」  欲ばかり深くなるんだと花霞は言った。もっともっと話がしたい、ずっと隣に並んでいたい、名前を呼んでほしい、触れてほしい、  君だけを、見詰めていたい。  どうか気付いてほしい。どうか気付かないでほしい。相反する想いは大きくなっていく一方で、花霞の心を蝕んだ。  そして絶望してしまったのだ。  これでは、あの少女と同じではないかと。  己の中で発芽したヒマワリの存在を、花霞は確かに認識してしまったのだ。 「僕を好きにならないで」  すがるように花霞は囁く。 「どうせ死ぬんだから、恋するなんておかしいじゃないか。どうせこの恋も終わるんだから、叶ったって意味がないじゃないか。全部全部無駄になるんだよ。だから僕を好きにならないでよ。苦しいのは僕だけでいいよ」  涙ながらの懇願に、燕は理解する。ああ、この少年は優しいのだ。  花霞が死んでしまったら、燕は独りになってしまう。花霞を失うだなんて考えただけでも心臓が潰れそうになる。気が狂ってしまうかもしれない。心が壊れてしまうかもしれない。それほどまでに、愛しい人の喪失は大きい。  そんな思いをさせるくらいなら、全部自分だけが背負うと彼は泣いているのだ。苦しいのも、悲しいのも、自分だけで充分だと。だから好きにならないでと、燕を突き放すのだ。  でも、何故だろう。  燕には、彼がその裏で泣き叫んでいるようにも思えてしまうのだ。  どうか、僕を愛してと。  残された右目に浮かぶのは、紫のライラック。  思い出すのは幼きあの日の思い出。独りぼっちの子供の目に浮かんだ、この世のなによりも美しい花。  あの日からずっと、ライラックは彼の心の中で咲き続けていたのだ。  ずっと、ずっと、想いを隠してきたのだ。  
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