滝に溶けて声となれ

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 鞄を持って立ち上がると、彼の背中に向けて「ごめん」と伝える。 「違う」  日誌を書いていた手が止まり、彼はこちらを振り返る。 「こういう時は『ごめん』じゃなくて、『ありがとう』」  さっきから、心臓がうるさいのはなんでなんだろう。  一つ一つの言葉を口にすることに、どうして緊張してしまうんだろう。 「あ、ありがとう……」  やっとの思いで伝えると、じっと見つめていた彼が、ふっと笑った。  その瞬間、心臓が跳ね上がる。 「また明日」 「……ま、また明日」  夕日が差し込む廊下を、全速力で走る。  CDをフラゲしたいから……じゃなくて、思わず走り出したくなる気持ち。  この気持ちは……。  玄関に着くと、壁に手をついて息を整えながら、彼との会話を思い返す。 「川崎はさ、自分に正直になったほうが良いよ」  その言葉の意味を、自分の心へ投げかける。本当はどうしたいか。  私の、本当の気持ちは…………。
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