滝に溶けて声となれ

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 いわゆる「失恋」をしてから一ヶ月が過ぎた頃、私の様子を見かねた姉が、こんな話を持ち出した。 「瑞希、滝行(たきぎょう)でもやってみたらどう?」 「滝行……?」  詳しく聞くと、たまにテレビで見かける、滝に打たれる修行のことだった。  姉も数年前に、やったことがあるのだと言う。 「水が冷たくて呼吸が苦しいんだけどさ、最後までやり遂げると世界が変わると思うよ」 「お姉ちゃん、大げさじゃない?」  「そんなことないって! 滝に打たれてる時は、本当にすごく辛いよ? でも、それを最後までできたら、心が強くなる」 「最後まで……って、滝に打たれるのにじっと耐えるだけでしょ?」  姉は私の顔をじっと見つめた後、ニヤリと笑った。 「さてはナメてるな? そう思うなら、やってみれば?」 「いや……。いいや。冷たい水に打たれるとか嫌だもん」 「もう。そうやって辛いことから逃げてるばっかじゃ、何も変わらないよ?」  その言葉にハッとし、読んでいた雑誌から視線を上げる。 「『逃げる』……?」  姉は腕を組んだまま、私を見つめていた。 「うん。瑞希はいつも、逃げてる。どうせ失恋したんでしょ?」 「なんで……」 「あんた、失恋すると部屋に閉じこもるじゃない」 「う……」  家族には、全て見透かされている。 「お姉ちゃん……。本当は私、嫌なんだ。本音を言う勇気がない自分が、すごく嫌でたまらない……」  俯いて声を漏らすと、涙が溢れてくる。  そんな私の頭に、手が優しく置かれた。 「嫌なら変わるしかない。そんな自分と、向き合うしかないよ」  そう言った姉は、穏やかに微笑んでいた。
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