エンバーミング

2/10
26人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 花村は以前からストーカーに付きまとわれていると同僚に相談をしていた。同僚からのすすめで警察に被害届を出した。事件当夜もそれらしき男がアパートの周辺をウロウロしているところを目撃されている。すぐに男は手配され、自宅にいた所を逮捕された。本人も犯行を認めた。 「また市民から苦情が来るんでしょうね。ストーカーされてるって届けが出てるのに殺されたなんて。警察の怠慢だ、ってね」 「だな……」  真田は相変わらず無愛想に応えた。いや、若林の話など聞いていないようだった。 「何か気になる点でも?」  真田が見ている資料に若林も視線を落とした。そこには遺体の写真と共に生前教え子に囲まれ楽しそうに微笑んでいる写真もあった。 「いや、この花村って教師、普段から大人しくて服装はいつも地味な物しか着ていなかったって周囲の人は言うんだ。なのに何でだろう」  被害者花村はワンピースを着ていた。大きな花の模様で色も鮮やかなものだった。化粧も普段は薄化粧だったようだが、その死に顔にはクッキリとアイラインが引かれ、ラメの入ったピンクのアイシャドウ、それと合わせたのか光沢のあるピンクの口紅をしていた。 「犯行は金曜の夜だからデートだったのかも」 「いや、特に付き合ってる男はいないようだ。真面目を絵に描いたような人だとみんな言っていた」 「そんなの分かりませんよ」  若林は知り合いの女たちを思い出した。普段は真面目で固そうな女も飲めば羽目を外す。そのギャップが面白くてそういう女とも何人か付き合った。 「固い職業の女ほど男が出来ると変わるもんですよ、へへ」  そう言って女性警察官の後ろ姿を嬉しそうに眺める若林の事など気にも止めず、真田は薄汚れたジャンパーを羽織った。 「そもそも犯人の自供では被害者は化粧はしていなかったし普段の地味な服装だったそうだ」 「そうなんですか? まさか、自分で死んだ後化粧をして着替えたって事……」 「出かけるぞ」 「え、何処へですか?」 「現場だ。それから聞き込みもな」  若林も慌ててコートを羽織り真田の後を追いかけた。刑事になったお祝いにと女性からプレゼントされたコートはまだノリが効いていた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!