9人が本棚に入れています
本棚に追加
賄いの味
上佐野が詳しく語らないうちに、カレー南蛮が運ばれてきた
上佐野は、「とりあえず食べようぜ」と言って、芦花に割り箸を渡した
そのカレー南蛮の匂いには覚えがあった
嗅覚は、五感の中で1番人の記憶を呼び起こすと言われている
芦花の頭の中に、突然過去の記憶がよみがえってきた
※※※
高校時代、芦花には好きな人がいた
クラスメートで親友の上佐野天馬
運動神経抜群で、陸上部のキャプテンをしていた
入学後すぐに意気投合してから、芦花が天馬に対し特別な感情を抱くまで、そう時間は掛からなかった
だが、男を好きになった自分を受け入れられないまま、気がつけば高校生活最後の年になっていた
部活も引退し、推薦で進学先が決まっていた高校3年の冬、天馬と芦花は卒業旅行のために、同じ蕎麦屋でバイトを始めた
大晦日の夜の、目の回るような忙しさを乗り越え帰り支度をしていると、店主が賄いは何がいいかと聞いた
2人同時に「カレー南蛮がいいッス!」と言った
「よりによってめんどくさいものを」
「いいじゃない。今日くらい」
厨房から店主と女将さんのいつものやりとりが聞こえた
「お疲れ様、これ、お年玉」
カレー南蛮を持ってきてくれた女将さんが、2人にポチ袋を差しだした
「いいんですか?」
「少ないけどね~」
自分も疲れているはずなのに、女将さんは笑顔を絶やすことなく、店内の清掃に戻っていった
外は雪が舞っていたが、カレー南蛮のおかげで、体はぽかぽかしていた
初詣に行くために夜の道を歩いていると、雪にかき消されそうな小さな声が聞こえた
上佐野を呼ぶその声の主は、陸上部の女子だった
芦花は咄嗟に電柱の陰に隠れた
話は聞こえなかったが、突然顔を覆って泣き始めた女の子の背中を、天馬は優しくさすった
しばらくすると、天馬が芦花のところに戻ってきた
「俺、あの子を家まで送って行くから、先に神社行ってて」
女子部員の背中をさすりながら去っていく天馬の後ろ姿を、芦花は心臓が張り裂けそうになりながら見送った
(俺が泣いても天馬はあんなことしてくれない‥)
芦花は溢れ出た涙を拭って一人神社へ向かった
最初のコメントを投稿しよう!