賄いの味

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賄いの味

上佐野が詳しく語らないうちに、カレー南蛮が運ばれてきた 上佐野は、「とりあえず食べようぜ」と言って、芦花に割り箸を渡した そのカレー南蛮の匂いには覚えがあった 嗅覚は、五感の中で1番人の記憶を呼び起こすと言われている 芦花の頭の中に、突然過去の記憶がよみがえってきた ※※※ 高校時代、芦花には好きな人がいた クラスメートで親友の上佐野天馬 運動神経抜群で、陸上部のキャプテンをしていた 入学後すぐに意気投合してから、芦花が天馬に対し特別な感情を抱くまで、そう時間は掛からなかった だが、男を好きになった自分を受け入れられないまま、気がつけば高校生活最後の年になっていた 部活も引退し、推薦で進学先が決まっていた高校3年の冬、天馬と芦花は卒業旅行のために、同じ蕎麦屋でバイトを始めた 大晦日の夜の、目の回るような忙しさを乗り越え帰り支度をしていると、店主が賄いは何がいいかと聞いた 2人同時に「カレー南蛮がいいッス!」と言った 「よりによってめんどくさいものを」 「いいじゃない。今日くらい」 厨房から店主と女将さんのいつものやりとりが聞こえた 「お疲れ様、これ、お年玉」 カレー南蛮を持ってきてくれた女将さんが、2人にポチ袋を差しだした 「いいんですか?」 「少ないけどね~」 自分も疲れているはずなのに、女将さんは笑顔を絶やすことなく、店内の清掃に戻っていった 外は雪が舞っていたが、カレー南蛮のおかげで、体はぽかぽかしていた 初詣に行くために夜の道を歩いていると、雪にかき消されそうな小さな声が聞こえた 上佐野を呼ぶその声の主は、陸上部の女子だった 芦花は咄嗟に電柱の陰に隠れた 話は聞こえなかったが、突然顔を覆って泣き始めた女の子の背中を、天馬は優しくさすった しばらくすると、天馬が芦花のところに戻ってきた 「俺、あの子を家まで送って行くから、先に神社行ってて」 女子部員の背中をさすりながら去っていく天馬の後ろ姿を、芦花は心臓が張り裂けそうになりながら見送った (俺が泣いても天馬はあんなことしてくれない‥) 芦花は溢れ出た涙を拭って一人神社へ向かった
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