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 ヒーローになりたいと思っていた。  テレビの子ども番組だ。正義の味方が変身し、華麗に悪を成敗する。  それを見る度、幼心に、何度も何度も思っていた。  赤枝章太、十九歳。寒さが厳しい一月。警察官として、初出勤の日。  瞬きさえ許されない状況で、じっと前を見る。  僅か三メートル先だ。カッターナイフを持ち、少年を人質に大声を上げる、四十代程の男。精神が錯乱している。飲酒か、薬物乱用か、精神疾患か、或いは自暴自棄を起こしているのか。いずれにせよ、異常だ。  狭いバスの中だ。章太も相手の男も、互いに十分な身動きは取れない。取っ組み合いになれば、どうなるのか分からない。一瞬の隙をどちらが制するか、それで全てが決まる。もちろん、人質を負傷させる訳にもいかない。  どうしたものか、必死に考える。 「それ以上近付いたら、こいつをぶっ殺すぞ」  血走った目をした男が叫んだ。
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