万葉歴史館のヤキモチガラス

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万葉歴史館のヤキモチガラス

 すっかり夕暮れになってしまった。少しでも早く寺子屋へ近付きたいけど、私たちは地図も持ってない。持ってたとしても読めないから、ワタシたち動物のだけが頼りだ。この時間はカラスたちが、二上山のねぐらへ向かって帰るから、カラスとは逆向きに進んで行けば街に出られるはずだ。そう思ってずんずん進んでいるうちに、ワタシたち姉弟は、カラスの溜まり場に迷い込んだらしかった。侵入者を警戒したのか、幾羽ものカラスたちが真っ赤な夕空にグルグルと渦を巻くように飛び回っている。ツメやクチバシが、ギラリと光る。、、、、、、マズイ。このままケンカになったら明らかに不利だ。弟は泣きそうになってないかな?と、心配になって、三日月のほうを見やると、  「ぼくたちもおそらをとべたら、てらこやまで、アッというま、なのにね~」なんてつぶやいている。事の深刻さをてんで分かっちゃいない。のんきなもんだ。  バサリ‼と、ワタシたちの前に、一羽の大きなカラスが降り立った。  「ようこそ!オレさまたちの溜まり場、『万葉歴史館(まんようれきしかん)』へ!オレさまは、ここいらのカラスたちのリーダーで、名前は『ヤキモチ』ってんだ。」  「「まんよーれきしかん?」」姉弟そろって首をかしげると、大カラスはあきれたように、  「お前たち、万葉歴史館を知らないのか?じゃあ、大伴家持(おおとものやかもち)のことなら、知ってるだろ?」  「「しらなーい。」」  「しゃーないなぁ、じゃあ、説明してやるカァ。いいカァ?大伴家持さんはなぁ、今から1300年くらい昔に、この辺りを治めておられた、エラーいお方なんだ。家持さんは、歌がとっても上手かったから、日本で最初の歌集『万葉集(まんようしゅう)』を作ってとっても有名になった。だから今でも、ここいらには、和歌を詠む文化が残ってんだ。その歴史を伝えるために建てられたのが、ここ、万葉歴史館だ。」  「「へー、そーなんだ。」」  「オレさまたちはなぁ、よそものがナワバリに入って来たら歌合(うたあわせ)をやるんだ。」  「「うたあわせ?」」  「どっちが歌作りが上手いかバトルするんだ!5・7・5・7・7の合わせて31音のリズムでよむんだぜ!」  「「えー、むずかしそう、、、、、、。」」  「じゃあ、オレさまたちと、ガチのケンカするカァ?」  「「やだ!」」  「じゃあ、歌合で決まりだな!」  、、、、、、ケンカをすれば明らかに不利だ。かなりアウェーな状態だけど、歌合、やってみるっきゃない。    「じゃあ、まずはオレさまから!   はらへった ああはらへった はらへった ああはらへった ああはらへった」  「リーダー、腹減ったしか言ってないカァ、、、、、、。」  「空腹感は伝わってきたカァ。」  「なんか、食べたくなってきたカァ。」  審査員のカラスたちが口々に、評価してる。あまり、自信はないけど、ワタシも詠もう。  「お母ちゃん 大冒険で とってきた ポテチの味が 忘れられない」  「食べ物でカブせてきたのは、かなり良いんじゃないカァ?」  「ますます腹減ってきたカァ。」  「なかなかやるじゃないカァ!」  ヤキモチは、ちょっと悔しそうな顔をしてる。この勝負、イケるかもしれない。  「ぐぬぬ!今度は、チビの方が詠め!」  「えっ、弟はまだ5才だよ?10才のワタシでもむずかしいのに、詠めるわけないよ!」  「うるせぇ!詠めねえなら、ケンカだ!」  このカラス、ひきょうな手を使ってまで、勝ちたいのか。なんてやつだ。  「いいよ~。ぼく、よんであげる。   かあちゃんに もいちどえがおで あいたくて なみだこらえて たびするぼくら」  「これは、大号泣必至だカァ!」  「素晴らしすぎて、言葉が見つカァらない!」  「5才の神童、ここに現るカァ!」  なんか、弟が、やんややんやと大絶賛されてる~?!三日月は、雪原に肉球の足跡だけで巨大な絵を描いたり、縫うにも縫えないはずの枯葉の着物を縫い上げたり、なんか、すごい仔だなぁ、とは思ってたけど、芸術家の才能があるらしい。ヤキモチは、しばらくモゴモゴうなって、ヤケクソな感じで、わめくように詠み始めた。  「ゆうぐれや ああゆうぐれや ゆうぐれや ああゆうぐれや ああゆうぐれや‼」  「リーダーの歌、うすっぺらいカァ、、、、、、。」  「聴いててこっちが恥ずかしくなるカァ。」  「たぬき姉弟の圧勝で決まりカァ!」  やったぁ!正義は勝つ!  「むカァ~!オレさまのプライドが許さないガァ‼みんな、やっちまえガァ!!!」  「気が進まないガァ、、、、、、。」  「リーダーの命令だからしかたないガァ。」  「悪いけど、ケンカさせてもらうガァ!」  ぎゃー!どこまでひきょうなんだよ、このカラス‼逃げるっきゃないじゃん!!!  「行くよっ!三日月!」  「まってよ~!ねえちゃ~ん!」  カラスたちは、しつこく追いかけてくる。尻尾が逆立ち、心臓がバクバクする。坂を転がるように駆け下りる。はるか前方に、オレンジ色の光の帯が見え始めた。光の帯の幅はグングンと太くなり、ワタシたちの体長の何倍にもなって、目の前に大蛇のように立ちふさがった。まぶしさに目がくらみ、私も三日月も思わず尻込みしてるうちに、カラスたちに追い付かれた!万事休す!!  「カァ~カッカッカッ!ニンゲンたちの通り道に行く手をはばまれるとは、皮肉だカァ‼」  「この道は、十間道路(じゅっけんどうろ)と言って、幅が十間、今の単位で18メートルあるんだカァ!」  「春には桜が美しいこの道で、たぬき姉弟は命を散らすわけカァ‼」  ヤバいヤバい!カラスたちがだいぶ物騒な雰囲気だ。こんな旅の序盤で死んじゃったら、話にならない。いろんな意味で。その時!  ぶおーーーっ!と、バカでかいうなり声をあげて、バカでかい鉄のイノシシが近づいて来た!!  「タンクローリーだっ!みんな逃げろっ、ひかれちまうカァ‼しゃーない、ここのところは、ひとまずズラカるカァ!」捨て台詞を残して、カラスたちはみんな飛び去って行った。  あの鉄のイノシシは、って言うのか。きっとここいらの『鉄イノシシ』たちのリーダーなんだ。たんころりんは、キキーッ!と奇怪な叫び声をあげてワタシたちの目の前で停まった。足がすくみ、腰がガクガクする。三日月は怯えを通り越して、口をあんぐりしたまま、固まってしまっている。  「おう?何かと思って停まってみたら、タヌキか、しかも二匹!今どき、珍しいなぁ?!」  声のする上の方を見やると、鉄イノシシの横っちょから、ニンゲンが顔を出している!このヒトは鉄イノシシに乗っかってる!!すごい、きっと、鉄イノシシを操る、鉄イノシシ使いなんだ!!!  「あぶねえぞぅ?早く渡れーっ!」  鉄イノシシ使いのニンゲンは、他の鉄イノシシたちの動きを止めて、ワタシたちを通してくれた。カラスたちも、危ない光の帯も、うしろへ遠ざかって行く、これで一安心だ。  と思ったら。先を走っていた三日月の叫び声が聞こえて来た!塀に囲まれた細くうねった階段を駆け下りると、途中から片側が崖になっていて、勢いあまった三日月は、転げ落ちてしまいそうになっていた。かろうじてしっぽを柵に巻き付けて、耐えている。  「ねぇちゃん、たすけてぇ!」  「もう着くから、つかまってて!!」  「もう、、、ムリぃ、、、、、、ひゃあああぁぁぁぁぁ!!!」  「三日月いいいぃぃぃぃぃーーーーー!!!!!」  しっぽが、スルリっと解け、、、、、、三日月は、落ちた。間に合わなかった自分を責めながら、階段を下りきって崖下へ駆けつけると、ぐったりとした三日月の姿が、そこにはあった。  「三日月!やだよぉ、死なないでよぅ!!」ワタシと遊んでくれた、いつもずうっといっしょだった、たったひとりの、かけがえのない、おとうと。  「三日月、起きてっっ!起きてよぉ!!」  すがるように、ガクガクと揺り起こす。すると、思いが通じたのか  「、、、、、、ねぇ、ちゃん?」、、、、、、目を覚ました!よかった、三日月生きてたっ!!  「うわあぁぁぁん!三日月~!」  「、、、、、、!?ねえちゃんが、ないてる。」  三日月を守るために、いつでも強くてかっこいいお姉ちゃんでいたかったから、絶対に涙は見せないと、心に決めていた。でも、こんなのズルいよ、絶対泣いちゃうじゃん!  「ひっく、ぐすん。、、、、、、三日月、身体はだいじょうぶ?!」  三日月は、急に、ハッと、真面目な顔になって、  「ぼくね、ひっしに、しっぽでつかまってたの。だから、、、しっぽ、のびちゃったかも。」  、、、、、、っぷ。あははははは!な~んだ、ぜんぜん無傷じゃん!よかった、本当によかった~。こんどは、うれし涙が込み上げてきた。  「、、、、、、!?ねぇちゃんが、また、ないてる!?、、、、、、ねぇちゃん、、、、、、だいじょうぶ?」  、、、、、、逆に心配されてしまった。
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