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いざ出発!
♬しょっ、しょっ、正法寺。正法寺の庭は、つん、つん、月夜だ、みーんな出てこいこいこぉーい!!!
お父ちゃんがまた歌っている。月の出る晩はいつもこう。その割に、お父ちゃんの名前は、新月という。仕方がないから、家族みんな出て、止めに入る。
「お父さん!やめてくださいな。人間に見つかったらどうするんです。」
最初に飛び出したのは、私たちのお母ちゃん。名前は、満月。お父ちゃんとは、名前通りの凸凹コンビだけど、なんだかんだでなかよしだ。
「そうだよぅ、とうちゃん。ぼくたち、たぬきなべにされちゃうよぅ!」
次に飛び出したのは、弟の三日月。早速目をうるうる潤ませて、その泣き虫ぶりを発揮している。
「たぬき鍋なんて、おとぎ話だよ。でもお父ちゃん、うるさいからやめてよね?」
そしてワタシ、望月が、あきれ顔で飛び出す。
「おー!、みんな出てきたな!せっかくだから、みんなで歌おうぜ!」
お父ちゃんは、人の話を聞かないテキトーだぬきだから、私たちが止めても、気にせず歌い続けようとする。
「ええ加減にしられんか!この、たぬきおやじ!」
お母ちゃんは、普段はやさしいけど、おこるとメチャクチャこわい。全身の毛を逆立てて、富山弁丸出しで、おこる。さすがのお父ちゃんも、しっぽをすぼめて、シュンとしてしまった。
ここまで読んだ読者のみなさんは、もう気づいたよね。ワタシたちは、ニンゲンじゃない。たぬきの一家なの。二上山っていう山の麓の正法寺っていうお寺の床下に住んでるんだ。
「まったく。こどもたちの旅立ちも近いっちゅうがに。少しはキリっとしられんか!」
ワタシたち姉弟は、もうすぐ街の寺子屋へ入学するために、家から旅立つことになっている。というのも、この間、たぬき同士の腹鼓通信「風のウワサ」で、お父ちゃんが街の寺子屋のウワサを受信したからだ。由緒正しい化けだぬき一族の末裔だけど、化けることのできないお母ちゃんは、お家再興をかけて、ワタシたち姉弟を学校に通わせることに決めたの。
ワタシは、10才のお姉ちゃんだから平気だけど、5才の弟は、私の半分しか生きていないから、そうはいかない。母から入学の話を聞いた途端、この世の終わりみたいに泣き出して、ついさっきまで泣いていた。今は、落ち葉にもぐって遊んでいるうちに、くうくうと寝息を立てて寝入ってしまっている。寝ちゃってるから、ワタシが泣いても弟にはバレない。そう思うと、なみだがボロボロあふれてきて、ふわふわなお母さんの胸に飛び込んで、私は泣きじゃくった。
「ごめんね。お姉ちゃんだって、つらいちゃね。でも、大丈夫。きっと、学校に行けば、お友達もたくさんできるがよ?もう、三日月と二人っきりじゃないから、たくさん楽しく遊べるがいぜ?」
お友達なんかいらない、お母ちゃんと一緒がいい!、のどまで出かかったけど、ワタシはこらえた。お母ちゃんも泣きそうな顔をしていた。お母ちゃんだって、つらいんだ。
「あんたはしっかりしたお姉ちゃんやから、きっと学校でもうまくやっていけるはず。お母ちゃんが、心配ながは、山を下りたこともないあんたら姉弟が、無事に遠い遠いニンゲンの街中の寺子屋までたどり着けるかどうか、、、、、、。」
「きっと、大丈夫だよ!ワタシたちはお母ちゃんの子だもん。」
お母ちゃんは、何も言わずワタシをぎゅっと抱きしめた。
出発の前の晩、お父ちゃんは珍しく歌わずにうつむいていた。しっぽが、だらり、と垂れ下がっている。お母ちゃんが、ふぅふぅ言いながら帰ってきた。ワタシたちにごちそうを食べさせたかったお母ちゃんは、スーパーっていう、名前の通りスーパーにでっかいおばけと戦ってきたそうだ。近寄るとガチガチと自動で動く口、お腹の中はギラギラと光り輝き、スーパーがためこんだお宝の数々が所狭しと並んでいる。でも、スーパーは、けちん坊だから、簡単にはお宝をくれない。ニンゲンの手下たちが、ぐるりぐるりと見張っている。その時!ガラーンガランと大きなベルの音がスーパーのお腹全体に響き渡り、ニンゲンたちが、「たいむせーる!たいむせーる!」と口々に叫びながら駆け集まりだした。お母ちゃんは、「南無三!敵に見つかった?!」と叫ぶと、手近にあったキラリ、と輝く赤い筒をくわえて、あわてて逃げかえって来たそうだ。
お母ちゃんの冒険話に、ワタシたち姉弟は目を輝かせた。そして、今度はワタシたちの番だ!と心躍った。
お母ちゃんが持ち帰ったお宝をこじ開けると、中には、黄色い丸いものがギッシリと詰まっていた。「これなあに?......はっぱ?」弟がちょっと残念そうにつぶやく。お父ちゃんが駆け寄って来て珍しくまじめな顔をしている。お父ちゃんがいうことには、
「これは、葉っぱじゃねぇ。ポテチっつてな。ニンゲンのこどもたちから絶大な人気を誇るお宝中のお宝だ!でかした!母ちゃん!なんでも、馬に鈴なりに生える珍しい薯があって、そいつを刻んで作るらしいぞ。」
「なんだかすごいね~!ねぇちゃん。」
「すごいね!ああ、おなかへっちゃった。」
姉弟そろって、ついよだれをタラリ、と垂らしてしまう。ふと、お父ちゃんの方を見やると、滝みたいによだれを垂らしていた。お母ちゃんも、オホホと上品に笑いながらよだれをぬぐっている。それからは、あっという間にお祭り騒ぎになり。間もなく「ポテチ」は、家族それぞれのお腹に消えていった。舌鼓を打った後は、みんなでいっせいに腹鼓を打って、久しぶりのごちそうは、家族みんなを眠りへといざない、ぐうぐう寝入ってしまった。
出発の日、ワタシたちは、一家そろって大寝坊した。お天道様は、もう空のてっぺんにいるから、多分お昼近い。慌てて出発の準備をしている間に、お父ちゃんの姿が見えなくなった。
「さあ、旅立つ前に、仏さまたちにあいさつをしてまわりましょう。」
正法寺は、別名を八十八ヶ所霊場といい、境内の裏山には、88体の仏さまの石像が点々と並んでいる。あいさつだけで日が暮れちゃいそうだ。
「体に気を付けなさい。」「みんなと仲良く。」「つらければ、いつでも帰っておいで。」「どうか無事で。」
仏さまは口々に、優しい言葉をかけてくれた。最後に、十二支の動物たちの石像に囲まれて横になっている大きな涅槃仏さまは、
「無理せず。あなたたちらしく頑張りなさい。時には寝転がるテキトーさも大事です。」まるで、お父ちゃんみたいなことをいった。
最後に、姉弟そろってお母ちゃんに、ペコリと、おじぎをして、ワタシたちは、いよいよ旅立った。
後から聞いた話では、実は88体の仏さまの声は全部、裏に隠れたお父ちゃんが出していたそうだ。面と向かって別れを告げられないぶきっちょなお父ちゃんなりの別れのあいさつだったらしい。「お父さん、最後までこどもたちに、姿を見せませんでしたけど、良かったんですか?」とたずねるお母ちゃんに向かって「こんな姿、恥ずかしくてみせられねぇ」と応えたお父ちゃんは、顔の毛皮全部がぐじゅぐじゅになるぐらい大号泣していたそうだ。たぬきおやじめ。
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