その、時。

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運転席には、あの英二が居て、バックミラー越しに目が合う。 「とりあえず、適当に走らせますね」 英二が永倉二葉にそう言うと、 車が動き出す。 「喪服って事は、奥村さん死んだんだ?」 英二のそれは私に話し掛けているみたいだが、 私はそれに答えず窓の外に目を向けた。 「だから、このお嬢さんに稼いで貰おうと思って」 永倉二葉のその言葉を聞きながら、 私はこのまま風俗か何かに売られるのだろうか、と思った。 「お前、うちの店で働け」 え、と答えるように、横に座る永倉二葉に目を向けた。 「あの家、社宅らしいな。 行く所あんのか?」 その辺り、父親から聞いているのだろう。 社宅で自分のものではないから、あの家を売れないとかの流れか。 「奥村の親はもう居ねぇんだろ? 嫁の親戚とも絶縁だとか。 兄貴が居るみたいだが、そこにでも行くのか?」 「―――いえ」 父親から、本当に色々と聞き出しているんだ。 きっと、親戚のどこかからお金を絞り取ろうと。 なら、伯父さんの家が自営業で、現在金銭的に苦しい事も、知っているだろうな。 「話戻すが、うちで働けば住む所くらい用意してやる」 住む場所…。 それは、願ってもない事だけど。 「あの、うちの店って…。 やはり風俗とかですか?」 「いや。キャバクラ」 「キャバクラ…」 キャバクラ、とそう反芻してしまう。 風俗ではなくて良かった、と安堵しながらも、 水商売なんて私に勤まるのか…、と不安になる。 そして、父親に借金を背負わせた、キャバ嬢…。 同じその職につけなんて、なんて因果だろうか。
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