その、時。

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「もしかして、この女、気に入ったんですか?」 楽しそうにそう訊く英二に、 永倉二葉は、ふっ、と鼻で笑う。 「まあ、けっこう良かったから」 その言葉で、この人に犯された時の事が脳裏に浮かび体が震える。 忘れていたわけじゃないけど、 父親が死んだり、これからの事で頭が一杯で、その事を頭の片隅に追いやっていた。 「ヤりたきゃ、お前もヤれ」 その永倉二葉の言葉に、英二は、そうっすねぇ、とクスクスと笑っている。 「お前、今、男居んのか?」 それは、彼氏という意味なのだろうか? 「―――ずっと、付き合っている人はいます」 中学三年の時から、ずっと付き合っている、私の彼氏。 中学、高校と同じで、 大学は別々で、彼は県外の遠い大学に通っているので、 一年半以上遠距離で、長期の休みの時にしか、会えない。 最近は電話もLINEも、たまにしかしなくなっている。 「そいつ、切れ」 それは、別れろ、って意味だろうか? 「今、電話しろ」 その言葉を聞いて、私は鞄からスマホを取り出した。 この人に言われなくても、彼とは別れないと、と思う。 父親が死に、この先色々とどうしようか、と悩んでいて。 もう、恋や愛だとか楽しんでいる状況ではないと、分かっている。
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