彼の、事。

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「何も聞かされてない、って顔ね?」 アヤノさんは、戸惑っている私を見て、クスリ、と笑っている。 「…はい。 うちの店で働けって言われて、連れて来られて」 「私や店長は、あなたの事はそこそこ聞いてるけど。 父親の借金を返す為に、って」 「あ、はい」 そうか。この人達は私の状況は知っているんだな。 「私の客だった奥村さんの、娘だって」 アヤノさんのその言葉に、えっ、と時間が止まるような感覚がする。 「やっぱり、それも知らないんだ。 その私にあなたの教育係を頼むなんて、永倉さんけっこう意地悪よね?」 クスリ、とアヤノさんは言葉とは裏腹、楽しそう。 よくよく考えると、だから父親は…。 永倉二葉がこの店にとってなんなのかはよく分からないけど。 だから父親はその繋がりで、 あんなヤバそうな人からお金を借りたのだろう。 目の前のこのアヤノさんが、 父親にそうやってお金を借りるように唆したのだろうか? 「けど、安心して。 私、あなたのお父さんとは、寝たりしてないから」 そう言われるけど。 この人に大金を使っても抱かせて貰えなかったなんて、 ちょっと父親が惨めに思えた。 「これも永倉さんに聞いたけど、 あなたのお父さん、自殺したんでしょ?」 そんな事迄、彼は話しているんだ。 「そうですけど、べつにアヤノさんのせいではないから、気にしないで下さい」 なら、永倉二葉達のせいなのか?と思うけど。 父親が自殺したのは、自業自得のような気がしてしまう。 ヤクザなんかにお金を借りたら、どんな事になるか考えが及ばなかったわけではないだろうし。 「私、べつに気にしてないけど」 そう、ふふ、とアヤノさんは笑っていて。 本当に、この人にとって父親って、 なんでもなかったんだな、って。
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