電話の相手

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「今どこにいますか?」  電話越しに聞こえてきた若い男の声に、麻子は息をのんだ。  深夜0時。  アパートの真っ暗な一室で、先ほどまで外を眺めていた麻子は窓から視線を切ると、額ににじむ汗を拭った。 「だれ……ですか?」  震える声でそう返すと、声の主はせせら笑う。 「はは、わかってるくせに」 「っ……」  麻子の動揺はさらに大きくなる。  一度あたりを見回した。  ひとり暮らしである麻子のワンルームの部屋にひとの気配はない。  油断した覚えはないはずだ。  ゴミ出しの日も、不審な影がないか気にかけた。出先でだって、誰かに見られていないか何度も確認した。  けれど、いま起きているこれは現実であることに違いない。  余裕な口ぶりで、男は続けた。 「驚いたでしょう? なぜあなたの携帯番号を知ってるのかって。ぜんぶお見通しです」 「ぜ、ぜんぶ?」 「ええ。――川原麻子さん。21歳。都内にある私立大学の3年生、内気な性格で友人と呼べる人はほとんどいないみたいですね」 「……そんなことまで!」 「はい。僕は何でも知ってるんですよ。あなたが知られたくないことも」  うそだ。そんなの……うそに決まっている。  肩の震えが止まらない。  どこから? いつから? 私のことを……。  もうこれ以上聞きたくない。 「もうやめて……」 「あぁ、それと、あなたが毎日、駅前にある喫茶店で窓際に座っていることも知ってます。向かいにあるコンビニでバイトしている時、いつも見ていましたから」 「……どうしてそのことを」 「気づかなかったでしょう? 当然です。あなたに悟られないように、細心の注意を払っていたんですから」 「そんな」 「ずっと探していました。あなたのことを思うと夜も眠れなかった。気が狂いそうでしたよ。ははは……っ」  男の笑い声が、暗い闇に響く。  なんてことない日常が過ぎていくものと信じて止まなかった。  これからもずっと。  恋人が欲しいなんて贅沢なこと望んでいない。  ただ少し、ときめきが欲しかっただけ。 「お、お願いします。もう……これ以上は」 「……窓の外を見てください」 「ぇ?」 「いるんでしょうアパートに。電気消してても分かりますよ。ほら、窓の外を見て」  その言葉に、麻子は立ち上がり、恐る恐る窓の外を見た。  向かいのアパートの3階。  灯りのついた一番端の窓に、こちらに向けて笑みを浮かべる男がいた。 「ひッ……」  後ずさりし、そのまま膝から崩れ落ちる。  居場所が知られてしまった。  もう……終わりだ。  恐怖が、押し寄せてくる。 「あぁ、辛抱に辛抱を重ね、ようやくこの日が来た」 「っ……」 「もう逃がしませんよ」 「いや……やめて。許して。もうしないから」 「よくまぁ2年間もつけ回してくれましたね。ストーカーさん」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加