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「今どこにいますか?」
電話越しに聞こえてきた若い男の声に、麻子は息をのんだ。
深夜0時。
アパートの真っ暗な一室で、先ほどまで外を眺めていた麻子は窓から視線を切ると、額ににじむ汗を拭った。
「だれ……ですか?」
震える声でそう返すと、声の主はせせら笑う。
「はは、わかってるくせに」
「っ……」
麻子の動揺はさらに大きくなる。
一度あたりを見回した。
ひとり暮らしである麻子のワンルームの部屋にひとの気配はない。
油断した覚えはないはずだ。
ゴミ出しの日も、不審な影がないか気にかけた。出先でだって、誰かに見られていないか何度も確認した。
けれど、いま起きているこれは現実であることに違いない。
余裕な口ぶりで、男は続けた。
「驚いたでしょう? なぜあなたの携帯番号を知ってるのかって。ぜんぶお見通しです」
「ぜ、ぜんぶ?」
「ええ。――川原麻子さん。21歳。都内にある私立大学の3年生、内気な性格で友人と呼べる人はほとんどいないみたいですね」
「……そんなことまで!」
「はい。僕は何でも知ってるんですよ。あなたが知られたくないことも」
うそだ。そんなの……うそに決まっている。
肩の震えが止まらない。
どこから? いつから? 私のことを……。
もうこれ以上聞きたくない。
「もうやめて……」
「あぁ、それと、あなたが毎日、駅前にある喫茶店で窓際に座っていることも知ってます。向かいにあるコンビニでバイトしている時、いつも見ていましたから」
「……どうしてそのことを」
「気づかなかったでしょう? 当然です。あなたに悟られないように、細心の注意を払っていたんですから」
「そんな」
「ずっと探していました。あなたのことを思うと夜も眠れなかった。気が狂いそうでしたよ。ははは……っ」
男の笑い声が、暗い闇に響く。
なんてことない日常が過ぎていくものと信じて止まなかった。
これからもずっと。
恋人が欲しいなんて贅沢なこと望んでいない。
ただ少し、ときめきが欲しかっただけ。
「お、お願いします。もう……これ以上は」
「……窓の外を見てください」
「ぇ?」
「いるんでしょうアパートに。電気消してても分かりますよ。ほら、窓の外を見て」
その言葉に、麻子は立ち上がり、恐る恐る窓の外を見た。
向かいのアパートの3階。
灯りのついた一番端の窓に、こちらに向けて笑みを浮かべる男がいた。
「ひッ……」
後ずさりし、そのまま膝から崩れ落ちる。
居場所が知られてしまった。
もう……終わりだ。
恐怖が、押し寄せてくる。
「あぁ、辛抱に辛抱を重ね、ようやくこの日が来た」
「っ……」
「もう逃がしませんよ」
「いや……やめて。許して。もうしないから」
「よくまぁ2年間もつけ回してくれましたね。ストーカーさん」
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